第13話 ひとつ屋根の下(上)

 安全を確保したアゼリアとグエスは、無事戻ってきた護衛騎士と馭者とともに予定を少し遅れてモルガン公爵家へと向かった。


 そうしてアゼリアは帰宅早々、念のため、と言い聞かせるようにグエスを説得して、公爵家の客間に泊まらせることに成功した。

 そう、つまり今、グエスとひとつ屋根の下状態である、ということだ。


「このチャンスを逃してはならないわ。だから行かせて、マリア」


 現在、アゼリアは自室にて、侍女のひとりと進退をかけた攻防を行っていた。


「いけません、お嬢様! 未婚のお嬢様が婚約者でもなんでもない男爵家の三男様とひと晩同じ部屋でお過ごしになった、なんて知られたら……!」


 部屋の扉の前に立ち塞がり、アゼリアを絶対に行かせてなるものか、と鼻息荒く両腕を広げ、通せんぼしているのはアゼリア付きの侍女マリア。

 対するアゼリアは、マリアの懇願に似た説得を笑い飛ばし、斜め上の理論を持ってマリアの逆説得を試みる。


「知られたら? いいじゃない、グエス様がわたくしから逃げられなくなるだけよ? あら、いいわね、それ。ついでだから既成事実も作ってこようかしら?」

「それは駄目です! というか、そういうことじゃありません!」

「……もう、マリアったら頭が固いんだから」

「お嬢様が柔軟すぎるのです!」


 アゼリアの言った冗談は、どうやらマリアの中では冗談として受け止められなかったらしい。

 マリアは顔を真っ赤に染めて目を吊り上げ、火山が噴火しているかのごとくプンスカ怒りだす。


「いいですか、お嬢様! お嬢様の素晴らしいところは、困難にも負けずに勇ましく立ち向かわれるところですが、それを! 今! この状況で! 発揮してはいけません! せめて婚約者であったなら……いえ、婚約者であってもそんな、おおおお嬢様が殿方と、いいい一夜をともにふるはんて!?」


 アゼリアの説教をしていたマリアが、途中からなにを妄想しはじめたのかは定かではない。のだけれど、勝手に悲鳴を上げて目をぐるぐるさせている。


 マリアは初心うぶで純真である。そして、アゼリアの侍女をしているためか勉強熱心だ。そのせいか、稀に激しい妄想に取り憑かれてしまうことも、しばしばある。

 今夜のコレも、そうだ。


 さすがのアゼリアも、グエスと一夜をともにする、だなんて非常識な考えは持っていない。

 ほんの少し、寝る前の数時間だけ。常識的で健全な距離感で、グエスと語らいたいと思っただけなのに。


「仕方がないわね。それなら実力行使でいきましょう」

「えっ……? お、お嬢様——……?」


 ため息を吐いたアゼリアが、マリアにそっと近づいた。右手を伸ばしてマリアの頬にゆっくり触れる。

 さわ、さわ、と指の腹で柔らかい頬や丸い顎を撫でてあげると、マリアはくすぐったそうに身をよじらせた。


「あ……あ……、お、じょう、さま……ぁ?」


 ふにゃりと笑うマリアの顔は、とても可愛らしいものだ。小動物のような愛らしさがある。こんな状況でなければ、可愛がって愛でてあげたい。けれどアゼリアは容赦しなかった。

 サッと左手で右手の中指にはめてあった指輪を操作し、アゼリアは息を止める。


「……あっ、……お、嬢さ……」


 マリアの呟きが、床へと落ちる。同時にドサリ、と崩れるように倒れる音。それは、アゼリアがマリアに睡眠効果のある薬を嗅がせたから。

 アゼリアが使った指輪には、宰相閣下やグエスに会うために、そして王城へゆくために、護身用として即効性のある薬物を仕込んであった。

 その薬のうちのひとつに意識を刈り取られたマリアが、床に伏す。


「まだ甘いわね、マリア。モルガン家では、いつ、いかなる時でも油断してはいけなくてよ?」


 まるで悪役のような台詞と笑みを残し、アゼリアは立ち塞がる者がいなくなったドアから部屋をでていった。

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