第7話 激昂と運命

「もう! なんてこと! 3日考える時間を与えてやるっていったって、それってつまり、3日で覚悟を決めてこい、ということでしょう!? 根回しもさせないつもりだわ、信じられない!」

「まあまあ、アゼリア。落ち着きなさい」


 王城からの帰りの馬車の中で、アゼリアはひとり激昂していた。

 モルガン家の力を振るうどころか宰相であるルイユ卿に、なんかいい感じに取り成されてしまったわけだ。この結果はモルガン公爵家としては、アゼリアとしては、受け入れ難い状況である。


 婚姻請求の阻止どころか、半歩くらい進んでしまった感が否めない。それは困る。非常に、困る。

 三盟約がどうとか、こうとか。それもあるにはあるけれど、だってアゼリアは見つけてしまったのだ。


 運命の人を。伴侶にしたいと思う青年を。

 そんな状況で、アゼリアが落ち着けるわけがなかった。


「駄目です、落ち着けません! なぜわたくしの人生を他人に振り回されなければならないの! わたくしはモルガン家次期公爵ですよ!?」


 あの会議の場で、そのことを誰も指摘しなかった。アゼリアが公爵家を継ぐ、と貴族院に申しでているから、貴族社会の中では周知の事実であるはずなのに。


 つまりアゼリアは、公的に、婿を取ることはあっても、嫁に行くことはない、と宣言したのも同じこと。

 その事実を誰も彼もが無視をしたあの状況に、アゼリアは腹を立てていた。もちろん、腹立たしいのはそれだけじゃない。


「それを勝手に! 私のものになれ、ですって。信じられない! どうして次期公爵であるわたくしが軽んじられなければならないの! なによ、薔薇って! わたくしは綺麗なだけの花じゃないわ! お父様、こうなったら徹底攻戦・・です。断固戦うべきです。あの無礼で躾のなっていない男! 信じられない! アレがこの国の王子なの!? 信じられない! ……お父様、仕方がありません。やってしまいましょう。心配はいりません、上手くやりますから」


 そう告げたアゼリアの目は、完全にわっている。

 アゼリアはわめきながら、非常に冷静にしゅ、しゅ、とナイフを振るう素振りをしてみせた。将来は『あくのそしき』のボスになるのだ。当然、武力も戦闘力もピカピカに磨いてある。


「まあまあ、深呼吸でもして落ち着きなさい。……今回の件、急に降って沸いたような印象がある。アゼリアと第一王子が婚約することで王家または王国に利が増える、あるいは、頑なに王家との婚姻を拒んできたモルガン公爵家に対して血統維持の務めを果たさせた最初の王族となるでしょう、などと王家を唆した誰かがいる気配がすると思わないか? 黒幕と言うのにはお粗末だが、裏で糸を引いている何者かが、ね」


 ダライアスは荒ぶるアゼリアを宥めるのではなく、落ち着かなければ考えられない、という状況を与えることでアゼリアを鎮めることにしたらしい。

 黒幕という言葉に、無事、思考を誘導されたアゼリアは、乱れた呼吸を整えながら考える。


「黒幕……あるいは、無知蒙昧なお節介焼きですね」

「ああ。少なくとも、三盟約の真意を知らぬ者であることは間違いない」

「……そうでしょうか」


 三盟約の事実自体は、別に秘密でもなんでもない。けれど、貴族社会の中でそれを知る者は数が限られている。

 多くの貴族が爵位継承とともに知らされるだけ。稀に家業や王城での執務内容にあわせて一族内で周知している家もある。けれど、知識として知ってはいても、それを理解できているかどうかは、また別の話。


「知っていて尚且つモルガン家と王家との婚姻を成立させようとさるなら、それは逆賊以外の何者でもない。あるいは、……どうしようもない愚か者か」


 父はそう言って難しい顔をした。そして、腕を組んで黙りこむ。

 アゼリアは、今回の事件を引き起こしたのは政治的陰謀のある者ではなくて、もっと単純で、けれど根の深い動機がある愚か者ではないか、と思う。


 名ばかり公爵であるモルガン公爵家なら、巻きこんでしまってもいいだろう。王家との婚姻という名誉にあずかれるのだから感謝するだろう、と安易に考えるような。


「お父様、心当たりはありますか?」

「そうだなぁ……少なくとも、王の応接室に集った中の誰か、あるいはその家門が怪しいと思うよ」


「では、わたくしの方で誰が糸を引いているのか調べます。わたくしの可愛い『鴉』をいくつか使って。その間、わたくしは書類保管庫に行ってアレを調べます。……モルガン家を敵に回したらどうなるか、今度こそ存分に知らしめて差し上げましょう」

「頼もしいのは結構。だが、ほどほどにな」


 くつくつと喉を鳴らして苦笑するダライアスに、アゼリアは「はい」と短く返事をして話題を変える。


「ところでお父様。ルイユ卿の補佐官だというグエス・ガフという方はどのようなお方なのですか?」

「え、ええ? なんだい、急に」


「あんなに優秀であるのに、わたくしの婚活リストにリストアップされていなかったのです。今日、助けられるまで、なにひとつとして知らなかった……。宰相閣下の補佐官をしているということは、長男ではない……なんらかの継承権を持つ方ではない、ということですよね。……お父様、もしかして意図的に情報を抜きましたか?」


 オルガンティア王国の貴族の爵位は、基本的には長子が相続する。爵位継承者は貴族議会への参加、家業や領地の運営を行い、政務官として王城に務めたり騎士になったりするのは、爵位継承権を持たぬ者がなる。


 アゼリアは婚活リストを作る際に、厳命したことがある。それが、なんらかの継承権を持たない男子であること、だ。

 王城で宰相補佐をしているグエスなら、アゼリアの婚活リストに載っていて然るべきなのに。


 だからアゼリアは、父を疑った。もし、グエスがアゼリアにとって危険な人物で、近づいてほしくない、とダライアスが願っているのなら。娘を溺愛する父親ならば、やりかねないと思ったのだ。


 疑われた父公爵は、慌てず騒がず首を振って笑った。縦ではなく、横へ振るその顔は、困ったように眉が下がっている。


「抜いてない、私は抜いてなどいないよ。……ただガフ家は最近ルイユ宰相閣下に取り上げられて台頭してきた貴族だから、情報精査時に抜け落ちたのではないかな?」

「……そうでしょうか。それにしても……まあ、いいです。こうしてあの方と巡り会えたのですから!」


 アゼリアは浮かれたように上擦った声で、うふふと笑った。

 次はいつ会えるかしら。待っていてもなにも動かないのだし、わたくしの方から積極的に接触したほうが……?

 などと浮かれ頭で考えていると、ダライアスがゴホンと強めに咳払いをした。


「アゼリアよ、前から聞こうと思っていたのだが……お前の婚活それは家業を継ぐことを考えて言っているのかね?」

「なにをおっしゃるかと思えば……いいですか、お父様。そんな心配は無用です。わたくしは継承権を持つような方々の振る舞いが心の底から苦手なのです。今日、改めて思いました。やはりわたくしの伴侶には、わたくしと家業を支えてくださるような方がよろしいかと」


 アゼリアはそこまで言って、ひと呼吸置いた。息を吐いて、それから吸う。そうしてニコリと飛び切りの笑顔で笑って、こう告げた。


「ですから、わたくしは宰相補佐官グエス・ガフ様と婚姻したく思います」


 唐突に婚姻宣言をした娘に対して、父親であるダライアスが固まるようなことはなかった。

 それは、相手の了承を得ていないことを理解した上で、ダライアスがアゼリアの宣言を肯定した、ということ。もっとも、駄目だと言って聞くような娘ではない、と承知している分もあるけれど。


「そうか、それはよかった。……よかったのか? まあ、いい。ようやくアゼリアも結婚する気になってくれたのだ。それについては私がなんとかしてみよう。ただし、条件がある」

「条件、ですか?」

「今回の件はお前と宰相補佐官とで解決してみせなさい。既にヒントはいくつか与えたからね」

「なるほど、わかりました。無事、解決できればそのときは……ということですね?」


 アゼリアの確認の言葉にダライアスが大きく頷いた。

 これは、アゼリアに対する試験だ。試練ではなく、試験。公爵位を継ぐ者として相応しいのかと、いう試験である。


 特に約束もしていないしツテもない状態から、アゼリアとグエスのふたりで問題を解決できるか、どうか。ゼロの状態からどこまで親交を深めることができるか、どうか。という内容の。


 アゼリアは父公爵の意図を察して、思い切り破顔した。だって、それは、ダライアスがグエスを婿候補として認めた、ということだから。


「ふふ。俄然やる気がでてまいりましたよ!」


 アゼリアはやる気と熱意に満ちた眼を熱く燃え上がらせて、不敵に笑った。父に認められたのならば、もう、怖いものなどない。

 それに、公爵位後継者アゼリア・モルガンは、狙った獲物を逃したことなど、一度たりともないのだから。

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