真夜中の純愛

菅田山鳩

第1話 真夜中の純愛

今日も彼女は座っていた。

公園のベンチに一人で。

何もせず、ただうつむいて座っていた。

まぁ、たいして不思議な光景ではない。

そもそも、ベンチは休憩する場所だ。

座っているだけの人がいるのもおかしくはない。

そう、これが真夜中でなければ。


公園の時計を見ると、12時10分を少し過ぎたところだった。

辺りは真っ暗だ。

当然、彼女以外に人はいない。

この公園で、彼女のことを初めて見かけたのが5日前。


寝れない日があると、散歩をするようにしている。

10分くらい散歩をして、眠くなってきたら帰る。


その日も、いろんなことが頭に浮かんできて、寝れなかった。

だから、いつもと同じように散歩をすることにした。

ただいつもと違っていたのは、商店街のほうではなく、この公園に来たこと。

いつもの散歩コースに飽きたから、ただそれだけの理由だった。

そして、僕は彼女と出会った。


「こんばんわ。」

ベンチに近づき、声をかけた。

彼女はゆっくりと顔をあげると、

「うん。」

小さくそう言って、またうつむいた。

近くに来て、気がついたのだが、

彼女はパジャマ姿だった。

しかも、靴を履いていない。

「だんだんと暑くなってきましたね。」

「うん。」

「もう、夏って感じですね。」

「うん。」

「暑いと寝つきづらいですよね。」

「うん。」

「僕は寝れないときに、こうやってよく散歩するんですよ。いいですよね。夜中に散歩するのも。」

「うん。」

「夜中って、なんだか心が静まるんですよね。なんだか、落ち着くっていうか。」

「うん。」

プルル、プルル。

彼女はポケットからスマホを取り出すと、それを耳に当てた。

少しの間があって、

「うん。」

とだけ言うと、ポケットに戻した。

「はぁー。」

とため息をついて、ベンチから立ち上がる。

こっちをチラッと見てから、公園の出口のほうへと歩いていってしまった。

彼氏からかな?

もしかしたら、旦那さんかもしれない。

まぁ、どっちでもいいけど。


次の日も彼女は座っていた。

「今日も少し、お話してもいいですか?」

「うん。」

「公園って、久しぶりに来ると、以外と小さく感じますよね。」

「うん。」

「子供の時は、遊具も全部大きく見えてたのに。」

「うん。」

「僕は、ブランコが好きだったんですよ。」

「うん。」

「今考えると、何がそんなに楽しかったんだろうな。一日中遊んでましたからね。」

「うん。」

プルル、プルル。

スマホを耳に当てる。

「うん。」

とだけ言って、ポケットに戻す。

こっちをチラッと見てから、

彼女は帰っていった。

もう少し話をしたかったな。

明日はどんな話をしようかな。

気がつくと、彼女のことばかり考えていた。


3日目も彼女は座っていた。

ただ、その日ベンチに座っていた彼女は、

少し震えていた。

街灯に照らされた彼女の腕や足には、

あざのようなものがあった。

この前にはなかったので、最近できたものだろう。

「夏と言えば、かき氷ですよね。」

「うん。」

「かき氷って、いろんな味のシロップあるじゃないですか。」

「うん。」

「でも、あれって、全部同じ味らしいんですよ。」

「うん。」

「匂いの違いだけなんですって。たしかに、言われてみればそうですよね。」

「うん。」

「そんな気がしてたんですよ。」

プルル、プルル。

いつものように彼女のスマホが鳴った。

が、ベンチを立とうとしない。

先程までの震えが、よりいっそう強くなっているようだ。

「大丈夫ですか?」

彼女が顔をあげて、こちらを見る。

「あ、あの、」

「もしかして、寒いですか?」

「え?」

「いや、震えているので。」

「い、いえ。」

「そうですか。」

彼女は帰っていった。

もしかして、もう少し話を聞きたかったのかな?

失敗したな。

どうも、人の気持ちを汲み取るのは苦手だ。


4日目も彼女は座っていた。

腕や足のあざが、昨日よりも増えていた。

右目は大きく腫れ、半分ほどしか開いていない。

その日、僕が何を言っても、彼女は黙ったままだった。

まぁ、こういう日もあるか。

人にはそれぞれの事情がある。

誰とも話したくない日だってあるだろう。

少しだけ人の気持ちを汲み取れるようになってきた。


そして、5日目。

今日も彼女は座っていた。

公園内の街灯をたよりに、ベンチのほうへと足を進める。

「こんばんわ。」

「こんばんわ。」

「今日は少し寒いですね。」

「そうですね。」

「最近、会社で大きなプロジェクトのリーダーになりまして。ただ、他のメンバーが使えないんですよね。なんか、」

「あ、あの」

プルル、プルル。

「ちょっと、すみません。」

ポケットから取り出したスマホを耳に当てる。

スマホから怒鳴り声のようなものが聞こえた。

なんと言っているのかはわからなかったが、

ここまで聞こえるということはかなりの大声だったのだろう。

「うん。」

彼女の声は震えていた。

無理もない。

あんなに大声を出されたら、誰だってびっくりする。

スマホをポケットに戻す手も震えているようだ。

なるほど、僕は全てを理解した。

ここは彼女の逃げ場所だったんだ。

そして、唯一の居場所。

ってことはあのあざは…、そういうことか。


いつもと同じようにこちらをチラッと見てから、彼女は帰っていった。

今日はいつもよりも、長いこと目が合っていたような気がする。


もしかしたら、彼女は僕に助けを求めていたのかもしれない。

ただ、万が一そうだとしても、僕は彼女を助けるつもりはない。

だって、またここで会いたいから。

僕は彼女に恋をしている。


11日目。

彼女は座っていなかった。


12日目も、13日目も座っていなかった。


14日目。

僕は散歩コースを変えた。

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真夜中の純愛 菅田山鳩 @yamabato-suda

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