第二十五話 マジシャンがネタバレをする時と、それは似ている。
備前章保助
『相沢さんへ 貴女が想いを寄せている備前章君は、上奏寺と付き合っていません。全て上奏寺が付いた嘘です。証拠は上げたらキリがありませんが、同封した写真だけでもお判りになられるかと思います。中二の頃から備前章君は苦しんでいます、ぜひとも貴女の愛で彼を救ってあげて下さい。きっと備前章君は貴女を待っています』
本当に酷い手紙だ、人の嘘を暴こうだなんて。
こんなに暑苦しい朝なのに、苛立ちで不快指数がどんどん上がってしまうよ。
そんな内心を噛み殺しながら、努めて平然を装う。
木陰に座っている相沢に対して、僕は昨日の手紙を見せながらこう語った。
「これは君が昨日残していった手紙だ、そしてこの手紙の差出人は君にしか分からないはずの君の心境を把握し、言葉にしている。こんなこと普通の人に出来るはずがない、もし人の心を読めるのだとしたら、その人はエスパーだ」
「そう、かもね」
「だけど現実問題としてエスパーなんかいるはずがない。無理にでも結論を出そうとするなら、もしかしたらこの手紙は相沢寧々さん、君の自作自演の手紙の可能性すら浮かんでくる」
「自作自演って、そんな訳ないじゃない」
冷めた態度だ、嘘をついている様な素振りも見られない。
それだけの自信があるということだろう、自演の可能性はゼロ。
そうなると、残る可能性は随分と少なくなるのだけど。
「じゃあ君は、誰それ構わずに僕の事が好きだって言いふらしてたってこと?」
「そ、そんなこと出来る訳ないでしょ!? ほとんど誰にも言ってないわよ!」
「ほとんど誰にも言っていない、じゃあ矛盾してるよね」
僕が言いたいことは、多分相沢さんも分かっているはずだ。
人は人の心を覗き見る事は出来ない。
僕の本当の気持ちを桜が見抜けなかったのと同じだ。
相沢さんの本当の気持ちだって、誰も知ることが出来ない。
彼女は立ち上がり僕の事をじっと見つめる。
僕の身長は高いから、ほとんどの女性が僕を見上げてくるんだ。
ややもって少し目を伏せると、彼女は呟くように語り始める。
「……保助君に近い、護君にだけは嘘を付いた。護君に言えば、絶対に保助君の耳に入ると思ったから。上奏寺みたいにクラスで発表とか、そんな勇気ないし。でも、保助君に対する気持ちに嘘はないから。だから――」
「ストップ、そこから先の話をしにここに来たんじゃない。それはまた今度にしておいて欲しい。……本当に話さないといけない相手も、来たみたいだしね」
汗だくのメッシュの背番号を羽織った体育着姿で、黙ったまま木陰へと踏み込む。
嘘のつけない性格の彼はいつだって卑屈そうに笑うんだ。
それだけで、全てが分かってしまうね。
「……そんな目で見るなよ、保助」
羽生田護、全ての元凶の男。
手紙を握っていた手に、無駄に力が入る。
「僕はいつだって君に驚かされるね。桜の時といい、今回といい、黒幕は全部君じゃないか」
「黒幕が全部護君って……どういう意味?」
僕の言葉に、相沢さんが反応する。
彼女は何もわかっていない。
羽生田護という男が何をしたのか、未だ理解していない顔だ。
「少し考えれば分かる事だよ、相沢さんが想いを語った相手は護君しかいないんだ」
「え、じゃあ、この手紙を書いたのも護君ってこと!?」
ようやく回答に辿り着いた、そう考えたであろう相沢さんは護君へと手紙を突きつける。
けれども彼は首を横に振り「この手紙は知らない」と述べたではないか。
朝日が完全に上がり、校庭は灼熱の砂漠の様に熱しているのに。
僕達を取り囲む空気は、軋む氷の様に冷たく感じる。
「この手紙は、か。じゃあこっちの手紙は君って事でいいんだよね」
僕の下駄箱に入っていた手紙、暴言だけが書かれていた手紙だ。
それを見せつけると、護君は少し眉を顰めたあと、軽く肩を上下させる。
「……そうだな。全部失っちまったんだ、それぐらい許してくれや」
「何それ……最低じゃない」
護君を見ながらも、相沢さんは僕に近づき、そっと背中へと隠れる。
そんな相沢さんを見ながら、ニヒルに笑いながら護君は両手を広げた。
「美結も桜さんも俺の側からいなくなっちまったんだ。どっちも手にしてる保助に少しくらい八つ当たりしたっていいだろ。話ってそれだけか? だったら俺はもう行くぜ」
「桜さんと……美結? 美結って、楓園美結!? え、だって彼女って護君と付き合ってるって公言してる女の子じゃない! 両方を手にしって……え!?」
どうやら相沢さんは美結の事は知らなかったらしい。
この噂が広まれば僕の学校人生は終わりだろう。
大人の世界でも浮気は万死に値するんだ。
高校生の僕が浮気、しかも知り合いの女の子と浮気なんて。
「浮気じゃないよ、相沢さん」
「えっ!? だって、今の護君の言い方だと」
「それでも、僕と美結は浮気じゃない。そもそも君も言っていたじゃないか、上奏寺桜と僕は付き合っていないんだ。それでも桜の嘘に付き合って、交際してるという
隠し事は、普通の恋愛よりもきっと喜びが増してしまう。
美結は僕の心の闇を即座に暴き、癒してくれた女性だ。
護君に対して申し訳ないとか、どの顔をして言っているんだか。
そんな僕の心を見透かしたのか、無言のままに地面を踏みしめる音が近づいてきた。
僕に近づいた護君は胸倉を掴むと、その目で睨む。
血走った目だ、今にも噛み殺されそうな程の怒りを感じる。
「……保助」
「なに」
「出来る事なら、お前を殺したい」
「……そう」
「俺から美結を奪い、桜さんを捨てたお前を、俺は――――……いや、違うな」
掴んでいた拳の力が抜ける。
彼の中で何があったのかは分からないけど、護君は一歩後ずさった。
「全部俺がいけないんだ、美結を信用できなかった俺が」
「……護君」
「ごめんな、その手紙も全部俺が用意したんだ。さっきは嘘ついちまった、悪い」
先程とは違い、砕けた表情になりながら護君は言った。
何かを諦めた様な素振りの彼は、腰に手を当てて頭を下げる。
「え? この手紙って、私の下駄箱に入れたのも護君ってこと?」
「ああそうだよ、寧々と保助がくっついたら、きっと桜さんも保助の事を諦めるとか考えちまってな。そうしたら桜さんと俺が付き合う可能性だって、少しはある訳だろ?」
護君の桜への想いは本物だったってことなのか。
でも、だとしたら、美結との付き合いは一体なんだったんだ。
最初から桜を口説き、護君と桜が一緒になっていれさえすれば、僕と美結の障害は何も無かったに等しかったのに。
今からでもその可能性はあるんじゃないか?
そう考えていたその時だ。
「ないわよ」
正門の方、僕と相沢さんの背後から桜の声が聞こえてきた。
相当に走って来たのか、長い髪が首筋に汗で張り付いている。
桜は手櫛で髪を整えながら僕に近づくと、相沢さんから奪い取る様に僕の腕を掴み取った。
汗と柑橘系の香り、くっつかれると暑いというのに、桜は決して離れないと目で語る。
「桜」
「酷いよ保助君、話し合う時は一緒にって言ったのに。迎えに行ったらお母さんに結構前に出たって言われて、私、学校まで全速力で走って来たんだからね?」
「……ごめん」
思わず昔の感覚で謝罪してしまう。
僕にくっついたままの桜は「それよりも」と護君へと言葉を投げた。
「この手紙もその手紙も、全部羽生田君が用意したって言いたいの?」
「そうだよ」
「嘘ね」
ぶっきらぼうに答えた護君に対して、桜は即座に反論する。
そして彼女が指差したのは、僕の手にあったもう一枚の用紙。
家へと入る、護君と桜の二人が写し出された用紙だ。
「だってそれだと、この写真の説明が出来てないじゃない。羽生田君が誰かに撮らせたってこと? あの時の羽生田君がそんな事を考えていたなんて思えない。この写真は別の誰か……そう、私を憎む誰かによる犯行でしょ」
「桜を憎むって、一体」
「私だってそんなの分からないわよ、保助君以外に人から恨まれる様な覚えないし。とにかく、適当な嘘つかないで。羽生田君はこの手紙の差出人を分かってるって事よね? しかも守りたいとも思っている。だから庇いたいんでしょ?」
桜の言葉は全て的を得ているのだろうか? 桜を恨む人物に僕は心当たりがない。
高校はまず無いだろう、まだ二学期になったばかりだ。
中学の時の知り合いは? 強いて挙げるのならば、相沢さんだろうけど。
彼女は既に僕への告白という、別の手段を取っている。
では一体誰が桜を恨む? 一体何の理由で?
「……桜さん」
「下の名前で呼ばないで。出来る事なら貴方と会話すらしたくないの」
どうやら桜の推理は当たっているらしい。
そして、護君の桜への想いもどうやら本物の様だ。
僕の腕にしっかと掴まっている桜を見る目。
羨望の眼差しが、僕へと向けられていた。
そしてその目を見て、僕は分かってしまう。
護君が誰を守り、何のために直ぐにバレる嘘を付いているのか。
「護君、君が庇っている人って……まさか」
――
次話「全てはここから始まっていた。」
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