第二十六話 全てはここから始まっていた。

楓園美結


 些細な事だった、適当な話題をぶら下げてお話ししているだけ。

 暇と時間を持て余す中学生の時分、話題に意味なんて要らなかったのに。


 どうして張り合っちゃったのかな。

 小さな事が我慢できなくて、私は敵にしてはいけない人を敵に回してしまったんだ。


「美結……お父さんはね、もう、帰ってこないの」 


 原因は、私にある。


「美結、学校、転校する事になったからね」


 お母さんが泣いちゃう理由も、全部私にある。

 引っ越し、転校、離婚。


 世の中の不幸という不幸、全部が一挙に押し寄せてきたんだ。

 全部私のせい、私がくだらない理由で敵を作ってしまったから。

  

 ――お前が人気者なのは、全部親の力なんだよ。


 このたった一言で、上奏寺桜という敵を。


 


 中学一年生の私には、その罪は大きすぎた。

 自分が原因で全部なくなってしまい、家族にも迷惑を掛ける。

 まだ小さい弟だっているのに、私はこれまで幸せだったのに。

 弟は、きっと不幸な生まれを呪うかもしれない。

 今は笑窪を作りながら笑ってくれる。

 無邪気に何も知らずに、お姉ちゃん大好きって言ってくれる。

 でも、全てを知ってしまったら?

 本当はもっと裕福で、お父さんもいる生活だったって知ったら?

 お母さんだって働く必要はなかった、ずっと私の帰りを笑顔で待ってくれるはずだったのに。


 全部、全部私が壊してしまった。

 

 馬鹿な自分を殺してしまいたかった。

 腕についた傷跡を見ると、情けなさもこみ上げてくる。

 結局、私は何も出来ない、いる意味なんてない存在だと嫌でも思い知らされる。

 

 無駄に大きい体が嫌になる、隠れたくて、縮こまりながら誰とも接することなく生きていきたかったのに。

 

「ねぇ、楓園さんバレーやらない? その身長なら絶対やった方がいいって!」


 絶対に入らないといけない部活、どれか悩んでいるとクラスメイトが誘ってくれた。

 部活はお金がかかる、出来る事なら入りたくない。

 

「お金の事なら大丈夫、美結のしたい事をしなさい」


 お母さんは、こんな私にも優しくしてくれた。

 絶対にそんな余裕ないのに、足にしがみつく壮太の頭を撫でながら、笑顔で料理をする。

 朝から働きに出て、夕方に一旦帰ってくるけどまた直ぐに働きに行く。


 そんなお母さんに迷惑を掛けたくない、出来ることなら直ぐにでも働きたい。

 でも、中学生の私に出来る事は、せめてお母さんの期待に応える事ぐらいだった。


 だから、頑張った。


 後輩からシューズを変えないのかとか言われたけど、私は笑顔で否定する。

 お母さんが買ってくれた物は、最後まできちんと使いたい。

 

 がむしゃらな練習はいつしか実を結び、私は大きな大会で大活躍する事が出来た。

 最強のウイングスパイカーなんて呼び名も貰ったりして、ちょっと恥ずかしくて。


「是非とも我が校に来てください」


 スポーツ推薦のお話が来ると、私は即座にそれにOKしたいとお母さんに伝えた。

 入学金、授業料免除は、今の私たちの生活からしたら魅力的すぎる。


 時栄ときさかえ高校、昔住んでた地域にある高校。

 今私が住んでる地域からは結構遠いけど、通えなくはない場所だ。


 お母さんの手伝いがしたい。

 少しでも弟に良い生活をさせてあげたい。

 私の願いはそれだけだったはずなのに。


「他のクラスで交際宣言した人がいるらしいよ?」

「上奏寺桜さんでしょ? 中学生の頃から変わらないね」

「すっごいよね、あの頃からずっと一緒にいるんだから」

「備前章君も優しいよね、上奏寺さんの側にずっといるんでしょ?」


 彼女たちの話題は、嫌でも私の耳に入ってきた。

 周囲の会話にそれとなく混じり、彼らについての情報を集める。


 どうやら私と喧嘩をした上奏寺さんの事を、皆で怖がっていたらしい。

 それはそうだろう、相手が転校させられたのだから、恐怖でしかない。


 近づいたら危険、恐怖が支配し上奏寺を孤独にさせる。

 私が味わった苦痛に比べたら遥かに軽いはずの痛み。

 

 けど、そんな上奏寺の事を守り続けた男がいたらしい。

 備前章保助、彼が上奏寺を護り、癒し続けていたのだとか。


 そのことを知った私の中に、とある言葉が浮かび上がる。

 

 ――――復讐。


 私の全てを壊した女が憎かった、本当なら幸せな生活を送れるはずだった、未来の全てを奪いつくしたあの女を殺したかった。なんであの女が笑顔でいられるの、私はこんなにも苦しんだ生活を送っているのに。お母さんだって、壮太だって、本当なら一緒に居たかったであろうお父さんだって、皆があの女のせいで苦しんだのに。


 だから、奪い取ってやることにした。

 上奏寺が最も大切にしている人、心の支えである備前章保助を。




 そんな折、私に告白してきた男の子がいた。  

 羽生田護、サッカー部推薦入学の彼は、はにかみながらも告白する。


 背が高い女は、結構嫌がられるものだ。

 これまで告白なんてされた事なかったし、素直に嬉しかった。

 互いにスポーツマン、多分、相性も良かったんだと思う。


 そんな彼がいきなり交際宣言をしたと、クラスメイトが教えてくれた。 

 色々な人が私を見に来るようになり、奇異の視線を飛ばしてくる。


 注目を浴びるのは、好きじゃない。

 ましてやここは時栄高校、もしかしたら私の過去を知る人がいつか現れるかもしれない。

 

 上奏寺と同じことをした護君の事を、少し嫌いになった。

 けれど、この出来事をきっかけに私は、当初の目的を果たしやすい環境であるとも気づく。

 

 『公認カップル』同士なんだ、近づくのは簡単。


 護君には申し訳ないけれど、備前章との関係を深める事に全力を費やす。

 入学当初、純粋にあの男は上奏寺の事が好きで一緒にいるのだと思っていた。


 けれど、違う。


 上奏寺と備前章の二人を観察していると、それは直ぐに気づく事が出来た。

 従属の様な、一方的な要求……なんだ、あの頃と何も変わらないじゃない。 


 上奏寺桜という女は利己的で、自分勝手で、独善的で。

 いつだって自分の事しか考えてない最低な女なんだ。


 少しの反発も許さない、女王様みたいな女。

 天誅を下すことに、何のためらいもない。


「何だか、大変そうだね」


 私は、全ての決意を込めて、彼へと近づく。

 

「私ね、本当は羽生田君じゃなくて、保助君の彼女になりたかったんだ」


 心にもない事を言葉にして、嘘で自分を塗り固めながら。


「……ふふっ、いいよ、私との関係は週末だけで」


 復讐、それだけの為に。


――――

次話「……私、本当にバカだ。」

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