第二十四話 一つの謎が解明されると、また一つ謎が生まれる。
備前章保助
「お願いだから見ないで!」
泣き叫ぶ桜、これ程までに動揺する彼女を見たのは初めてかもしれない。
彼女が隠したかったもの、それは相沢が置いていった二枚の用紙。
一枚は文章が書かれていて、もう一枚は写真を印刷したものだった。
いつ撮影したのだろう? 必死に桜は隠そうとしていたけど。
「見えてるよ、桜。隠す必要なんてないよ」
「だって、これは、違う、違うんだからね!?」
「別に……気にしないさ。旅行前からそんな雰囲気はあったし」
「分かってない! 絶対勘違いしてる!」
必死に否定する必要なんかないだろうに。
手紙の内容はともかくとして、印刷された用紙に写しだされていたもの。
それは、護君の家を訪れる桜の姿だった。
「桜も酷いな、僕が美結を家に入れてる事に対して怒っていたくせに」
「だから、これは違うから! 私は浮気なんかしてない!」
「まぁいいさ、あんまり叫ぶと他のお客さんに迷惑だろ」
桜は納得がいってないみたいだったけど。
僕としては、あの時の護君の言葉の裏付けを手に入れる事が出来て、少しだけ満足だった。
これを美結に見せれば、口実共に護君と美結が別れる事が出来る。
問題はこの写真を誰が撮ったのかだけど……その謎も手紙を読めば分かるのかな?
『相沢さんへ 貴女が想いを寄せている備前章君は、上奏寺と付き合っていません。全て上奏寺が付いた嘘です。証拠は上げたらキリがありませんが、同封した写真だけでもお判りになられるかと思います。中二の頃から備前章君は苦しんでいます、ぜひとも貴女の愛で彼を救ってあげて下さい。きっと備前章君は貴女を待っています』
パソコンで作成された手紙からは、差出人に繋がるようなヒントはどこにも見当たらなかった。ヒントがあるとすればさっきの写真だけど、こんなのいつ誰が撮ったんだ? 彼氏を演じていた僕ですら、二人が家で会っていた事なんか知らないのに。
「待っています、か。別に僕は相沢さんなんか待ってないけどね」
「保助……」
「桜はこの写真、誰に撮られたか覚えてないの?」
「知らない、知ってたらとっちめてるし……ねぇ、保助、私本当に浮気なんかしてないからね」
別に気にしてない、本当に心の底から気にしてないのに。
この手紙の内容から察するに、僕と桜の間柄を知っている人物による犯行なのだろう。
しかも中学からの知り合いということか?
僕と桜を知っている人なら、小学生、もしくは幼少の頃って書くはずだ。
「それにしても、僕達にはどれだけの敵がいるんだろうね」
「……敵?」
相沢さんの座っていた席に今度は桜が座ると、僕は手紙を見ながら考察を語る。
「この写真から分かる事は、浮気をしているのは桜と護君の方だ」
「だからそれは――」
「客観的に見て、だよ。もしもこの写真に写っているのが護君と相沢って子だったら、桜は護君が相沢寧々と浮気してるって思うだろ?」
「……うん、そうだと思う」
「だとしたら、僕が貰った手紙とは意味がまるで違う」
――最低浮気野郎、死ね――
「あ、そうか、保助君が貰った手紙は、保助君に対してだったもんね。最低浮気野郎って言葉は、女である私には使わない言葉だもん」
当たり前の様に口にした言葉で、周囲のお客さん達が僕を見た……気がする。
引き攣った表情をしていたら、桜が「あ、ごめんなさい」って謝ってきた。
「ともかく、誰かが僕達を陥れようとしている。桜を浮気女として評判を落とし、更に僕に対して浮気男と表現する。この浮気相手が誰を指しているか、までは分からないけどね」
「……私からしたら、一人しかいないんだけど」
「文面からは一文字も美結とは書かれていない。今さっき出て行った人の可能性だってあるだろ? 護君から聞くに、相沢さんは僕と付き合っているって嘘までついたんだ」
「そっか、保助君が相沢さんと浮気してたって見方も出来るんだ。保助君、頭いいね」
「別に良くない、良いんだとしたら悔しいけど、桜の教え方が良かったんだよ」
いつの間にか、桜との間に嘘がないせいかスラスラと誉め言葉が出てくる。
えへへと頬に手を当てながら微笑む桜を見つつ、僕は一つの疑問が浮かび上がっていた。
桜も相沢も気づいていないのかもしれないけど、この文章には一点だけ、謎が残る。
「どうしたの、保助君?」
「もう一度、相沢って子と会わないと……かな」
「……そうなんだ、ねぇ、それって」
僕の制服の袖を掴んで、上目遣いで僕を見る。言葉にしなくても何が言いたいのか分かってしまうあたり、付き合いの長さはだけは嘘が無いという事か。
「いいよ、一緒に行っても。やましい事はないし、美結が学校に来ていない以上、僕が相沢と浮気していないって証拠には、きっと証人が必要だろうしね」
「やった! ……そういえば、楓園さんってどうして学校に来てないのかな?」
「それを僕が知ってたら、何度も六組まで足を運ばないさ。見てたんだから知ってるだろ?」
「え? え、えへへ……バレてましたか」
これまでの桜と違いすぎて、本当に調子が狂う。
今までの事を帳消しにはしたくないけど。
心のどこかで桜を許してる自分がいる様な、いない様な。
翌日、僕は朝から護君を呼び出すことにした。
サッカー部の朝練は早い。
普段よりも一時間ほど早く学校に到着し、グラウンドへと足を運ぶ。
そこでは軽快にサッカーボールを蹴る音と、部員たちの叫ぶ声が聞こえてきた。
そして、監督の先生の横に座る相沢寧々の姿も、そこに。
僕の姿に気が付いたのか、相沢は僕を見て微笑んだ後、少しだけ手を振ってきた。
応えるはずがないだろうに、腕を組んだまま近くの木に寄りかかり、木陰から見学する。
すっかり失念していた、そういえば彼女はサッカー部のマネージャーだ。
いるに決まってるじゃないか、僕としては護君に会いに来たのに。
桜との約束もあるし、一旦出直そうかと考えていたその時だ。
「見学ですか? それなら近くで一緒に見ませんか?」
満面の笑みを浮かべながら、形式的な誘い文句と共に制服姿の相沢が近寄ってきたのは。
昨日とは違いスカートの丈は長めになっているが、それでも隠しきれない飽満な体。
無邪気な顔とはうらはらに大きな胸が、薄い夏制服を突っ張り続ける。
変な視線を送らない様に、僕は目を伏せて首を縮めながら答えた。
「いや、見学じゃない。知り合いを待ってるだけだから」
相沢は「そうですか」と一言だけ言うと、監督の側には戻らずに、僕の側に座り込む。
「……なに?」
「別に? 大好きな保助君の側で見てた方が集中できるからです。監督の側だとタバコの臭いでダメなんですよね、サッカー部の監督さんなんですから、喫煙は慎めばいいのに」
僕の意図なんか無視するのだろう、言いたい事を言うと彼女はノートを広げた。
現在の練習試合の参加選手の名前、コンディション、シュート精度等々。
それらが女の子らしい可愛らしい文字で書かれていて。
なるほど綺麗だ、僕が貰った手紙とは雲泥の差ともいえる。
「それで、今日は誰に会いに来たんですか?」
「……護君だよ。サッカー部の知り合いは護君しかいない」
「遊ぶ約束ですか? だったら私も一緒に行きたいです」
「違う、聞きたい事があるんだ」
「聞きたいこと? だったら伝えますけど?」
思えば、あの手紙の謎は相沢も一枚嚙んでいる。
なぜ気づかないのか、それを考えると相沢の自作自演の可能性まであるのだけれど。
少しだけ天を仰いで小考し、半ばあきらめの境地で質問する。
「……いや、相沢さんに聞いた方が早いかもしれない」
「なんですか?」
そして僕は質問することにしたんだ。
あの手紙の冒頭部分――貴女が想いを寄せている備前章保助君――
なぜ手紙の差出人は、相沢寧々の気持ちを知ることが出来たのかを。
――
次話「マジシャンがネタバレをする時と、それは似ている。」
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