第二十三話 隠し事は隠したままにして欲しいのに。
上奏寺桜
羽生田から聞いた話によると、相沢寧々って女が私の保助君と付き合っていると明言したらしい。元から保助君の事が気になっていたらしく、最近の私と保助君……いえ、羽生田の語る内容から察するにもっと以前から疑いの目を投げていたのだとか。
私が気付かない内に、意外とボロが出てたってこと?
あの旅行よりも前の保助君は、誰がどう見ても私の恋人にしか見えなかったと思ってたけど。
……本当の恋愛じゃなかったから、かな。
あの時の保助君の言葉こそが、彼の本心だったのだろうし。
悲しい。悲しいけど、まだやり直せる。
今度こそ保助君と本物の恋愛をするんだから、邪魔はさせない。
自由に恋愛……も、あるけど、自由なんだからこういう努力も自由って事よね。
絶対に相沢とかいう女と保助君の恋愛を成就させないんだから。
それに何より、あんな手紙を送った女のことを保助君が好きになるはずがない。
ずっと一緒に居たから分かる、保助君が好きな人はきっと…………悲しくなるからやめよ。
「保助、今日の六時半にファミレスでOKだってさ」
「ありがと、サッカー部ってそのぐらいに終わるものなんだね」
「大体六時かな、試合前だと七時とかだったけど、夏の予選試合も終わっちまったしなぁ」
「そっか、試合どうだったの?」
「午後六時に終わるって言ってるのに、聞くかそんなの?」
保助君が羽生田と仲良く会話してる。ムカつく。
大体コイツと楓園の関係は一体どうなってんのよ?
楓園とコイツも『公認カップル』なんて呼ばれてたから、コイツの家にまで行って色々と相談してたのに、なんで私のことを好きになるのかな。意味わかんない、コイツ等も嘘恋愛だったってこと? もしくは交際してるのに私に浮気したってこと? 最低じゃん、クズじゃん。
あ、目が合っちゃった。最悪。
あーダメだ、イライラする。
「――――、とりあえず、ありがとう。桜はどうする?」
「……え? 私? 何が?」
「うん? 気にならない? その相沢って子」
「ものすごい気になるけど……一緒に行っていいの?」
「もちろんいいよ、僕達付き合ってるんだからさ」
学校での保助君は、私との約束をこれでもかっていうぐらいに守ってくれる。
嘘、なんだよね、その優しさ。嘘だと思えないよ。
だからかな、素直に「そうだね」って言えないのは。
一緒に向かったファミレスだったけど、入店も席も別々。
二対一になっちゃうと、まともに話にならないかもって保助君に言われたから。
私は彼に絶対服従だから、保助君が言うなら素直に従う。
もうこれ以上、嫌われたくない。
しばらくすると保助君の前に女が一人座った。どれだけスカート折ってんのよってぐらい短いスカートに、日焼けか何か分からないけど無駄に明るくて長い髪。スカートから伸びる足はマネージャーといえどサッカー部だからかな、結構細いし日に焼けて小麦色だ。
顔はまぁ、合格なんだろうな。多分。
というか、結構可愛い部類に入りそう。
「×××××」
んー、ちょっと遠くになっちゃったからかな、なんて言ってるのか聞こえない。
聞こえないけど、あの感じの保助君は相沢って子を快く思ってない感じだ。
長年一緒にいるんだから、彼の表情で分かる。はず。
あ、手紙出した……首を横に振るって事は、違うのかな。
あの子が嘘をついてる可能性もあるけど、どうやら本当に違うっぽい。
保助君が手紙をしまった後も、何か話をしてて気になる。
あ、隣の席が空くのかな? ちょっと店員さんに移動してもいいか聞いてみようかな。
店員さん、他のお客さんの注文聞いててこっち気づかないみたい。勝手に移動しちゃダメ?
そんなどうでもいい事を考えていた時だ、突然保助君が声を荒げたのは。
「……お前っ! なんてことを!」
いつの間にか保助君の横に相沢って子が移動してる。
叫ぶ保助君、どうしたんだろう、完全に見逃してた。
その後も白熱する言い争いは、どうやら保助君が過去を思い出した事で終焉を迎える。
とても最悪な形での終焉、言葉少なに交わした後、あろう事か相沢は保助君の唇を奪った。
無我夢中だった、頭の中が真っ白ってこういう事を言うんだって初めて知った。
自分の時よりも激しい怒りがこみ上げてきて、気づけば私は相沢の胸倉を掴み叫ぶ。
「保助君から離れなさいよ!」
彼は私の恋人だ、私が生まれて初めて好きになった人だ。
誰にも渡したくなくて、嘘までついてまで束縛してしまった大切な人。
そんな彼の唇を、コイツは私の目の前で奪った。
楓園の時は我慢できた、多分、してないって思ったから。
相手である羽生田って男もいたし、そこまでしてないだろうって。
相沢寧々、私はこの女の事を一生忘れない。
「来てたんだ。偶然、って訳じゃないよね」
「……ああ、事前に僕と一緒に来るようお願いしてた。彼女なんだ、当然だろう?」
保助君に腕を引かれ、私は彼の側へと移動する。
保助君がいなかったら多分私の事だ、相沢の頬を思いっきり叩いていたかもしれない。
それ程までに興奮し、それ程までに憎いと思った。
「彼女……か、ねぇ保助君、そこの彼女とキス、してみてよ」
足を組みなおし背もたれに寄り掛かりながら、相沢は不敵な笑みを浮かべる。
「彼女なんでしょ? 中学二年から二年も付き合ってたんだから、キスの一つや二つ、してきてるはずでしょ? まさか出来ない、なんて言わないよね?」
……出来ない、少しだけ視線を下に向けて、側にいる保助君を見るけど。
保助君とのキス、本当なら私だってしたい。誰よりもしたい。
でも、出来ない、きっと今の私にはそんな資格がないから。分かってるから。
悔し涙が出てきちゃうけど、出来ない――
「……出来ないんだ?」
「そんなの、人前でするものじゃないだろ」
有り体な言い訳をする保助君だったけど、出来るとは言わなかった。
言えるはずないよね、私とのキスなんて保助君が望むはずがない。
肩を下げてしょげてる顔をしてしまったけど、保助君がちらりと私を見る。
そうだ、私がついた嘘なんだから、私がこんな顔をしてはダメ。
「保助君……」
彼が許してくれるのなら、私だって今すぐ彼とキスをしたい。
私の唇を保助君で上書きしたい、羽生田とのキスなんか忘れさせて欲しい。
私も、相沢とのキスなんか忘れさせてあげるから。
実現しない願いを込めて、保助君の瞳をじっと見つめる。許すはずがない、許可されるはずがない、だって彼が望んでいるのは楓園なんだから。あの女が保助君の心の中にいる限り、一生保助君は私を見る事はない。ううん、きっと楓園がいなくても、保助君は……。
「あははっ、おっかしいの。保助君が協力してくれてるんだから、上奏寺さんも協力しないとダメじゃない。二人の関係は嘘なんだからさ」
「……何よ、それ」
「まだ分からないの? 嘘交際宣言をした上奏寺桜さん」
ポケットから取り出した二枚の紙。
相沢は勝ち誇った顔をしながらそれをテーブルに叩きつける。
「その手紙と写真はコピーだから、二人にあげるね」
またねって言いながら、相沢は席を立った。
静寂に包まれた店内を一人歩く彼女を見送った後、私と保助君は残された用紙へと注目する。
そして私は叫ぶんだ。
見て欲しくない、これだけは絶対に保助君に見て欲しくなかった内容だったから。
――
次話「一つの謎が解明されると、また一つ謎が生まれる。」
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