約束
高岩 沙由
愛猫からのお礼
土曜日の朝。
左腕に何か乗っている感覚を覚えながら目を覚ますと、
「すぴー、すぴー」
と寝息を立てながら私の腕を枕にして眠っているグレーの愛猫が目に入る。
ふいに、先ほどまで見ていた夢を思い出す。
真夜中に目を覚ますと、愛猫が胸の上に乗っているのが見えて、ぼや、と愛猫を見ていると目を覚まし、視線が合った瞬間、金色に光った気がした。
あまりのまぶしさに強く目を瞑ったが、光が落ち着くのを感じて目を開けると……。
知らない場所にきていた。
体を起こし、あたりを見回すと、星が瞬く空が見えて、ここが夜なんだとわかる。
そのまま歩こうとした時に、小さな影が私に向かって歩いてくるのが見えた。
「こんばんは。ようこそ猫の集会にいらっしゃいました」
足元に座った黒猫は後ろ足だけで立つとそう話す。
「驚きますよね? ここは貴方が飼っている猫が感謝を伝えたいと言って連れてこられた場所なのです」
なんだか、よくわからない。
「ですよね」
私の心を読み取ったような返事をすると、すとん、座る。
「貴方の猫のところに案内しましょう」
黒猫はくる、と踵を返すと暗闇の中を歩き出す。
暗闇ではあるのだが、少しずつ目が慣れてきて、満月の月明りの下、たくさんの猫がいることがわかる。
「ままー! こっち!」
愛猫が私の姿を見て嬉しそうに声を掛けてきたので、その方向に向かって歩く。
「まま、この猫さんは僕のお友達なんだ!」
愛猫が自慢げに紹介してくれたのは三毛柄の猫で首に赤い紐が結ばれている。
私が三毛柄猫に挨拶すると、にゃー、と返してくれた。
でも、私は不思議に思う。愛猫は私に拾われてから外に出たことはないはず。
「えへへ。そうなんだ。外に出たことはないんだけど、ここは僕の夢の中なんだ」
思いっきり首を傾げる。
「僕が毎日見ている夢の中で、人間は入ってこられないんだ。だけどね、ままにお礼を言いたくて、黒猫さんにお願いしたの」
気づくと、足元に黒猫が座っている。
「あっ、僕はまだいなくなったりしないよ!」
愛猫が私の不安を感じたのか、否定の言葉を紡ぐ。
「あのね。ままに僕の友達も紹介したかったし、いつもありがとう、って言いたかったの」
愛猫が喉をゴロゴロと鳴らしながら話す。
「でね、この夢の中では、三毛猫さん以外にも友達がいて、いつも、追いかけっこしたり、じゃれたりしているんだ。それを教えたかったの!」
いつの間にか愛猫が黒猫の横に座って私を見上げている。
「僕、これから三毛猫さんと遊ぶんだ! まま、眠くなったら……横になれないけど、眠ってもいいよ!」
それだけ言うと愛猫と三毛猫は走り出していく。私は、やれやれ、と思いながら地面に座って2匹の遊ぶ姿を見守る。
「またたび茶を用意しました」
先ほどの黒猫が私の足元にぐい呑みを持ってきてくれた。
私は小さく、いただきます、と言ってぐい呑みで一口含んでみる。
味は甘いようなやや酸味も感じるような、不思議な味だった。
「貴方の愛猫はここにくると、その日に貴方と話したことや、構ってくれたことを私に聞かせてくれるんです」
追いかけっこをしている愛猫を見ながら黒猫が私の右横に座りこむとぽつぽつと話す。
「今は寒い時期でしょう? 貴方がいつも寒い、と言っているのを心配して、ここにこられたらまたたび茶を飲んでもらうんだ、と無邪気に話していました」
またたび茶の効能って何だろう?
「またたび茶は血行を促す成分が入っていますので、体を温めてくれるのです」
言われたそばから、体がポカポカとしてきたような気がする。
「そうでしょう。貴方に少しでも恩返しをしたいとあの猫は言っていましたよ」
なんだが胸がいっぱいになる。私の話した言葉は理解していないだろうと思っていたのに、体を心配してくれている。
「ええ。貴方と少しでも話したい、とあの猫は思っているんです。この中なら人間の言葉を話せますから」
そうなんだ。またここにきて、愛猫が遊ぶ姿を見たいな。
「ええ、いつでもお越しください。私たちは待っていますので」
気のせいか少し空が明るくなってきたような気がする。
「ああ、夜明けが近いですね。そろそろあちらの世界にお戻りください」
はい、と返事をしようとした瞬間、強い眠気に襲われそのまま眠ってしまった。
そして、気が付けば、左腕に愛猫が寝息を立てながら眠っている。
「夢、だったのかな?」
その呟きに愛猫は、ぱちり、と目を開ける。
「また、真夜中にね」
そう話すと、愛猫はまた寝息をたてて眠り始めた。
約束 高岩 沙由 @umitonya
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