第4話
私は街の男爵家で身内だけで結婚式をし、職場近くの小さな家に二人で住むことにした。
通いのハウスメイドをとりあえず雇い、私自身も家事を率先してやった。
そしてその傍ら、時間が空いたら文章を書き綴った。
それを時々新聞社に送ったら、少し長い物語を書いては、という依頼が来た。
私は兄の性格を誇張した様なタイプの男を造形し、彼を中心とした身の回りの情報戦をテーマにした物語を幾つも紡いでいった。
ペンネームは男名だったので、実家にはそのことは気付かれまい。
夫もその方が良いだろう、と言った。
まあ実際は、兄に気付かれたら厄介だなあ、ということなのだが。
*
そんなある日、アルマがうちに駆け込んできた。
「モニカ! これって、トーマスのことでしょう!」
「あらお義姉様。どうなさいました?」
私はにこやかに応対した。
「しらばっくれるんじゃないわよ、今話題になっている恐怖小説! 貴女でしょう!」
「何言ってるの。この作者、男の名じゃないの。何処に私が書いたって証拠があるの?」
「貴女の作文は昔から知ってるわ。それに、この主人公! これ、誇張しているけど、トーマスのことでしょ!」
「だーかーらー、何を言ってるんですかって。それに何でまたうちに」
「と言うか、何で私のことをあんなに家に薦めたの!」
「あら、だって貴女がお兄様のことをとっても好きそうだったし。お兄様もまんざらでもなさげだったし」
「おかげで……!」
「何かありました? 切ってはいけない薔薇を束にしてお母様に渡してしまったとか?」
「……貴女」
「兄がああいうひとだって知っていて結婚したと思ったのに。でも、貴女は私より成績も良かったし、きっと切り抜けられますわね」
「切り抜けるって、モニカ」
「あの兄のもとで鍛えられてたんですもの。貴女の悪意なんて、大したこと無かったの、貴女気付いていなかったでしょ」
くすくす、と私は笑った。
「さあお帰りくださいな。そしてもし逃げたかったら、何かしらちゃんとした兄に勝つ方法を見つけて下さいね。私はそれでも十回に二回は貴女の意地悪を受けてあげたんですから」
す、と私は扉を閉める。
するとばんばん! と大きな音がしぱらく聞こえる。
窓から私は彼女に言う。
「そんなことしていると、そのうちおまわりさんが来ますよ」
ちっ! と淑女にあるまじき舌打ちをして、アルマは去っていった。
*
さてそれからというもの。
兄はやがて実家の田舎の方へ、家を継ぐべく戻っていった。
無論妻であるアルマも一緒だ。
彼女はさて、兄のいたぶりにどれだけ耐えられるだろうか。
手紙は本当に毎日の様に来る。
ありがたいことだ。おかけで小説のネタにことかかないというもの。
「ねえ、今が幸せっていいわよね」
私は夫の頬を両手で抱えて間近でつぶやいた。
「無論さ。そして明日も幸せでいようね」
そう、やっと得た心の平安!
情報戦に私は逃げるが勝ち、で生き延びたのだから、これからはひたすら幸せに生きるのだ。
両親の無視も兄や級友のいじめも右から左へ受け流し、私は幸せになりました。 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo
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