セパレートムーン

高野ザンク

真夜中の公園で

 寝ているとトントンと肩を叩かれたような感覚で目が覚めた。


 今は一人暮らしの私の肩を、しかも仰向けで寝ているこの体制で叩く人がいるはずもない。筋肉の痙攣だろうとは思うし、もし霊的なものであったとしても、とくに薄気味悪さは感じなかったのでそのまま寝続けようと目を瞑った。


 しかし一向に寝付けない。時計を見ると午前1時を少し過ぎたころだった。喉の渇きを覚えて起き上がり、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出す。飲みながらTwitterを見るが、真夜中のタイムラインはおとなしい。


 そうこうしてるうちにすっかり覚醒してしまって、なんだか急にお腹まで減ってきた。コンビニに買い出しに行こうか。いや、深夜の一人歩きは少し怖いし、近くとはいえノーメイクで行くのも気が引ける。とはいえ、買い置きの食べ物はないし、、、まあいいか。マスクをすればメイクしなくてもいい。今は花粉症の時期だ。とくに変にも思われないだろう。私は軽く髪をとかして、寝巻きがわりのジャージのまま外に出る。



 コンビニから帰る途中、通りがかった公園の中に人影を感じた。道から覗いてみると中央の開けた場所で3人の男女が立っているのが見える。

 こんな夜中に何やってんだろう。揉めている様子はないがトラブルに巻き込まれるといけないから気にせず通り過ぎようとしたが、街灯に照らされた中年の男性と若い男女が揃って空を見上げている姿が奇妙で、思わず立ち止まってしまった。私もその場で空を見上げて見るが月が出ているぐらいで特になにもない。


 首を戻して、再び公園側に顔を向けると、中年の男性と目が合ってしまった。不味い、と思ったがもう遅い。男性は私に手招きをしてみせた。もちろんそのまま立ち去ることもできた。ただ、なんとなく従わなければいけない雰囲気に押されて、私はその一団のところへ歩みを進める。


「みなさん、何をしているんですか?」


 心を落ち着けて、できるだけ平坦な口調で問いかけると、中年の男性が黙って空を指差す。私はその指先に導かれるように空を見上げた。


「へっ?」


 とすっとんきょうな声が出る。


 なにせ、そこには月が二つでていたからだ。一瞬見間違えたかとおもって目をこすってもう一度見ても、やっぱり月は二つのままだ。


 目の錯覚だとか、蜃気楼のような科学的な根拠があるのかもしれないけれど、私にとっては初めての体験だったので、二つの月の形だとか明るさだとかをずっと見比べるように見入ってしまった。


「すごいですよね、これ。この場所からだけ、こう見えるらしいの」


 その声に顔を向けると、若い女性が私に話しかけていた。その後ろには若い男性が立って、同じように私を見ている。どうも二人は恋人のようだ。


「彼に言われてここに来るまで、月が二つに見えるなんて信じられなかったんだけど」


「でも、どういう理屈なんでしょうね」


 私は再び月たちに顔を向けて素朴な疑問を投げてみる。


「二つの時空の月が、今だけ同居しているんだ」


 そう断言したのは、中年の男性だった。ん?それは最近ヒーロー映画で見た多元宇宙マルチバース的な話なんだろうか。


「この時間だけ月は二つに分かれて、やがて一つに交わる。交わった時に我々の世界はもとの秩序を取り戻す」


 男性は細身で眼鏡をかけて、こんな真夜中にきちんとスーツを着ていた。宗教がかってはいないが、ちょっとオカルトっぽい。断定的な言い方に違和感を感じて、若いカップルを見ると、彼女たちも中年男性の話を真に受けているわけではなさそうだった。ただただ、この不思議な現象を楽しんでいるように見える。


「あっ」


 と空を見上げながら上げた若い男性の声に、私も見上げると、月は一つだけになっていた。一つに交わったのだろうか、それとも一つは消えてしまったのだろうか。大切な瞬間を見逃してしまったような気分で少し落ち込む。公園の時計を見ると2時半だった。


 ものすごい体験ではあるものの、天体ショーが終われば興味を引くものはない。そのまま私たちは誰彼ともなく三々五々に散っていく。体験を共有したからといってそれから一緒に語り合うというわけでもないのだ。



 せっかく買い出しに行ったのに、家についたら食欲よりも睡眠欲のほうが勝ってしまって、レジ袋をテーブルに放り出して、ベッドに潜り込む。


 月が一つに交わると、世界は秩序を取り戻す、とあの男性は言っていた。私の知る限り、この世の中はどちらかといえば混沌だらけなように感じる。それでもこうやって日々平穏に過ごしていけているのはやっぱり秩序だっているということなのだろうか。


 いや、やめよう。今は難しいことを考えないで寝るだけだ。この体験を恋人と共有したかったけれど、千尋は私のもとを去ってしまった。それも秩序なんだろうか。そう思うと半分悔しいし、半分納得がいった。


 真夜中は不思議なことが起こる。そして普段以上に余計なことを考えてしまう。いつか二つの月の結末を見届けることができれば、いくらかこの気持ちはスッキリするだろうか。せめて明日の朝を明るい気分で迎えられるように。そう願いながら私は眠りに落ちる。


(了)

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セパレートムーン 高野ザンク @zanqtakano

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