真夜中、世界は10分間だけ停止する。

トト

第1話

「先輩、こんな感じでいいんでしょうか?」

「いや、まだ、ここすすが残ってるから、ほら」


 そう言って先輩が、さっ、さっ、と小さな箒をふると、体についていた灰色の煤が地面に落ち、淡い光がその人を包んだ。同時に周りに落ちていた灰色の煤が白く変わりはじめ、やがて空に向かって昇っていった。


「流石です先輩」

「まぁな、これでこいつも反省しただろう」


 尊敬の眼差しを満更でもない顔で受け止めながら、空に向かって一直線に登っていく白い煤を眺める。


 真夜中、世界は10分間だけ停止する。

 その10分間の間に、煤払いと呼ばれる者たちが、人から出る煤を払って回るのだ。


「先輩、この黒い煤、なかなか払えません」

「あぁ、こいつはだいぶ頑固だな」


 厳つい男の胸のあたりから、サラサラとした黒い煤が地面にこぼれ落ちている。


「こういう奴は、こうやって、こう」


 腰に下げている巾着から、白い煤をひとつかみすると、躊躇なく黒い煤が流れている男の胸に手を突っ込んだ。


「ひぇ! 何やってるんですか、先輩! そんなことしたら死んでしまいますよ」

「死なないよ。ほれ見てみな」


 促されて男の胸を見ると、さっきよりすごい勢いで、黒い煤が噴き出ている。


「さっきよりひどくなってるじゃないですか」

「いいから大人しくしばらく見てな」


 そう言われて、しばらく見ていると。


「あれ? なんか色が変わってきたような」


 さっきまで黒い煤だったものが、だんだん灰色に変わっていく、そして最後に白い煤が流れ出ると、男の下に溜まっていた黒い煤も混ざり合い灰色に変わっていく。


「まあこのまま白くなってくれたら助かるんだが」


 時間を気にしながらそう呟く。


「白に変わらないと、どうなるんですか?」

「お前はまだ見たことないのか」


 辺りをキョロキョロ見渡した先輩の顔が止まった。


「ちょっとついてこい」

「はい」


※ ※ ※


「あぁ、これはもう俺たちにはどうすることもできないな」


 同じ灰色の制服に身を包んだ煤払いが数人。眉間に皺を寄せそれを見ていた。

 視線の先には、まるで噴水のように真っ黒い煤を噴き出す物体があった。


「これも人間なんですか?」

「あぁ、こうなってしまうと、もう俺たちには手の施しようがない」

「じゃああの人はどうなるんですか?」

「そうだな、たぶんもうそろそろお迎えが来るだろう」

「お迎え?」


 先輩の言葉と同時に、それまでその物体の足元に広がっていた黒い煤が、まるで生き物のようにうねり始めた。

 そしてそれは徐々に激しさを増し、突然空に向かってパッと広がった。


「先輩っ」


 思わずのけ反る。


「大丈夫、こっちまでは飛んでこない」


 先輩の言葉通り、一度空に広がった黒い煤は、煤を吐き続ける黒い物体を飲み込むように縮小し始めた。

 刹那、ずぶずぶと黒い物体と化した人間が地面に吸い込まれていく。


「地面に沈んでますよ?」

「あぁ、そうだ。あいつは人間の言葉で言えば地獄行きってやつだ」

「地獄」


 血の気の引いた顔の後輩をなだめるように、肩を叩く。


「まあ、ここより大変なのは確かだな。なんせ地獄は黒い煤が毎日のように降ってくるし。それを全て払い終わらないと輪廻の輪には返してもらえないしな」


 さっきまで山のように積もっていた黒い煤も今は跡形もない。


「落ちた奴らを救うためにも、俺たちは少しでも黒い煤がでないようしっかり払ってやらないと」


 集まっていた煤払い達も、手向けのように白い煤を撒いて立ち去ると、再び停止している人間たちの煤を払い始めた。

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真夜中、世界は10分間だけ停止する。 トト @toto_kitakaze

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