2章

第13話 授業

 これは夢だ。

 懐かしい光景を見ている。

 ライドは目の前に広がる情景が夢だと判断した。

 そこには幼い頃の自分を含めた三兄妹が師匠から訓練を受けている姿だったからだ。

 あの頃の自分は師匠の強さを目の当たりにして純粋に憧れていた。

 師匠は自分たちに何度もこう言い聞かせてきた。


「お前達は強くなれる、それは断言できる。それは才能があるからじゃない。そういう風に”創り変えた”からだ」


 命を助けてもらう時に言われていた事であった、「お前達は普通の人間ではなくなる」と。

 それでもライド達は死にたくなかったのでそれを受け入れた。


「だが、何もしないで強くなれるわけではない。鍛えただけ強くなれると確信できる分だけ恵まれている」


 地に伏せた3人に向かって師匠は語りかける。


「どうだ? 訓練は嫌になったか? 力など必要ないか?」

「そんな訳……ない!」


 ライドは二度と無力な自分に戻りたくなかった。

 自身どころか姉や妹を助けることもできずにいた無力な自分に。

 その思いは同じく訓練を受けている姉や妹も同じだったように思う。

 師匠は3人の意思を見て嬉しそうにしていたはずだ。

 それは自分と師匠と姉と妹と4人での生活の風景だった。

 例え夢だとしても懐かしい風景を見れた事がライドは嬉しかった。

 師匠に引き取られた時も不安と期待で一杯だった。

 そうして始まった生活は訓練は厳しかったけど幸せだったと言える。

 これから始まる学園での生活もきっとそうだ。

 幼い頃の頃の気持ちを思い出せた気がした。

 例えその気持ちは夢から醒めてしまえば忘れてしまうのだとしても。

 

 

 ホロ国立術騎士養成学園


 王国民には基礎教育の場が用意されている。

 6~10歳の子供が無料で通い勉学を教えてもらえる小等学校。

 小等学校は簡単な文字や算術、ホロ王国の歴史など本当に基礎の教養。

 10~14歳の子供が家庭の希望によって通うことができる中等学校。

 中等学校は補助金なども出るが行くかどうかは家庭次第。

 魔獣への簡単な対処の仕方なども学べるが、戦い方というほどの物を教える場所ではない。

 そして15~19歳が通うこととなる高等学校。

 中等学校にて素質があると認められた者が推薦されて通う。

 貴族の子女が金を積んで入れる学校もあるがホロ術騎士学校は素質がなければそれを認めない。

 戦い方だけではなく、あらゆる術について専門的な教育を受ける事になる。

 卒業生は各領の騎士団に迎えられる者もいれば、未知の領域への探索隊へ志願してなる者もいる。

 魔道具の製作者となる者もいれば、研究者として国に使える者もいる。

 その学園での生活がついに始まろうとしていた。



 入寮から5日後、ライド達3人は教室に居た。

 生徒達は一様に灰色の服に身を包みんでいた。

 この学園の生徒に支給される制服だ。

 機能性重視という感じであり飾り気のない服である。

「何でも白は市民の色であり、黒は術士の色。その中間で灰色らしいわよ」

「術士になろうとしている途中の人間というところでしょうか」


 そう言うのはハルとソーヤだ。

 1年生としてのクラスは2つあるようだが、ライドはハルとソーヤと同じクラスだったのはとても嬉しく思っていた。

 今日からが学園生活の本当の開始であり、立派な術士となるための授業の開始である。

 ライドは未知への好奇心で柄にもなく胸が踊っているのを自覚していた。

 周りには同じ教室で学ぶことになる生徒たちが居る。

 以前からの知り合いだったのか生徒同士で既に親しく話している者も居れば、強張った顔で机に向かっている者もいる。

 誰もがライドと同じく新入生、これからの生活に期待と不安を抱えている同輩達だ。

 横目に彼等を見ていると教室に担当になる教師が入ってきたのだった。


「初めまして、君達のクラスの担当となったストークという。これから基礎教育や実習などは私が監督することになる。右も左もまだわからないだろうから、何かあったら私に言うように」


 よろしくお願いする、とストーク先生は言った。

 40手前だろうか、教師というには鋭い眼つき、立ち振舞からも熟練の術士を伺わせる。

 凛とした姿はとても様になっている。

 黒を貴重とした機能性重視の服装はこの学園の教師陣で統一されているのだそうだ。

 流石は王国屈指の英雄の学園、教師陣も凄腕が揃っているのだろうかとライドは感じていた。


「今日は初日だ、まずはこの学園においての流れを説明させてもらう」


 質問は後で受けるのでとりあえず聞くように、と言いながら説明を初めた。


「最初の1年は基礎教育が主であり、この年の内に専攻を決める。その後2~4年生の間は高等教育と並行して自分で選んだ専門的な道へ進むことになる」


 ストークという教師は黒板に次々と文字を書き連ねていく。

 それはこの学園の生徒が歩むであろう未来の選択肢だ。


「基本的には戦うことが主な”術士”となる者が多く、専攻も属性ごとの区分けが主流。だが、生活に使うための魔道具を作る者や魔力に対しての学術的な見地を高めるための学部も存在する」


 ここまでは良いなと、一息つく先生。

 横を見ると生徒たちは真剣な表情で話を聞いている。

 ライドは全く説明をされずに放り込まれたので最初から説明してくれるのはとてもありがたかった。


「さて、少しアンケートを取ろうか」


 そう言いながら先生は黒板に先程書いた文字を軽く叩きながら質問をした。


「術士、戦うことを生業とする道へ進もうと考えている者は手を上げてくれ」


 周りを見ると教室の7割程度の人間が手を上げている。

 どうやらソーヤは術士になるのが目標のようだ。

 この学園に入ったのであれば術士を目指すのは基本のルートということだろう。


「技士、魔道具の制作を生業とする道へ進もうとする者」


 その言葉に続いて2人が手を挙げる。

 一人はハルだ。

 彼女は以前に言っていた通り戦いに使える武具を作ることを目標にしている。

 魔道具は基本的には生活に根ざすものが多いが、武具も魔道具というカテゴリとなる。


「学士、魔力についての研究を生業とする道へ進もうとする者」


 これには誰も手を上げなかった。

 先生はとくに気にせずに続ける。


「まだ道が定まっていないもの」


 今まで手を上げなかった者が揃って挙げる。

 その中にライドも含まれていた。

 道が定まっていない、まさしく自分の事だと思ったのだ。

 戦う力と言うならば術士になるのだろうが、それ以外の道を見るためにこの学園に来たのだから。

 最終的に術士になるとしても、今はまだ決めれることではないと、そう考えた。


「焦って決める必要はないが、先に言った3つの道がこの学園が用意できる基本的な道標だ。一度決めた道を変えることも勿論できるが、早い内に動かなければ出遅れることになる、これは事実だ」


 静かに淡々と教師は語る。


「まずはこの一年だ。この間に自分が目指す目標を決めるように、そのための1年だと思ってくれ。あぁ、あと専攻がすでに決まっている者も1年目は学部に所属することはできんので注意してくれ、見学くらいはできるがな」


 自分の行く道を決めている者であっても、まずは色々な選択肢に触れて欲しい。

 術士になるために学んでいたとしても技士への興味や適性が高くなることもある。

 もしも、入学からすぐに術士として専門的なスタートを切れたとしすれば他の可能性に目を向ける事なく走り出してしまうだろう。

 そうなっては欲しくないという学園側の考えであった。

 ストークが言ったように焦る必要は無いのだ。

 そのための一年なのだから。


「では、ここまでで質問のあるものはいるか?」


 そうストーク先生が聞くと一人の少年が手を上げた。

 彼は席を立ち質問を開始する。


「基礎教育からということですが、中等学校までで習っているのではないですか?」


 その言葉に冷や汗を書くライド。

 ライドは教育を受けれる場に来るのはこの学園が初めてである。

 勿論、師匠から必要と思われる知識は習っている。

 だが、それがこの国で受けれる基本的な教育かどうかはライドはわからないのだ。

 その質問にストーク先生は答える。


「確かにこの学園は中等学校を卒業していること、もしくはそれと同等の教育を受けていることが入る条件だ。だが、これには一つ問題がある。それは中等学校での教育が一貫していないということだ」


 その言葉に疑問符を上げる多くの生徒たち。

 ライドは勿論よくわかってはいないが隣のハルを見ると深く頷いている。

 そのハルの顔を見てストーク先生は彼女が理解していることを悟ったようだ。


「例えばそうだな、ハル・エムス。君はシーロイから来ているな。地理関係はその周辺が主じゃなかったかな」


 そうです、と答えるハル。


「では、チャール、君が学んだ教育の中にシーロイについての地理はあったかな?」


 質問をした生徒に尋ねるストーク先生。

 チャールと呼ばれた生徒は”ありませんでした”と答える。


「そういう事だ、中等学校での教育はその地域の領主の方針、または教会で定めた物が基本となっている。地理だけではない、風土や風習なども習う内容は地域によって違いがある。勿論、基本的な数学や識字などは共通、だが違う物もある」


 住んでる地域によって学ぶべき事柄は違う。

 特に王都のような比較的平和な場所と開拓地と呼ばれる地域では色々な差が大きいのだ。


「さらに言うとこの教室にもいるだろうが、学校に通わず家庭教師に習っていた貴族の生徒もいるだろう。それらの知識の偏りをまずは揃える、最初が基礎教育からなのはそのためだ」


 わかりましたと返事をしてチャールは席につく。


「物怖じせず質問したのは素晴らしい、疑問点が出たのならすぐに聞くべきなのだ」


 ストーク先生はチャールを称賛する。


「この場には色々な人間が集まっている。平民と貴族、王都に住んでいたもの、開拓地に住んでいたもの。主義や信条、好みや風習、あらゆる物がバラバラだ。この教室に集まった君達の共通点は将来有望な若者であるという事だけ」


 そう言いながら教室にいる生徒たちを見渡す。

 その目に生徒たち一人一人を移しながら先生の言葉は続く。


「君達の主観で正しいことが、こちらでは間違っている事もある、逆に今まで間違っていた事が正しい場合もある。全てをこの学園の言うとおりにする必要はない、考えて納得ができない場合は私に言えば良い。だが、何も考えずに理由もなく”今までがそうだったから”と否定をすることはしてはいけない。それは世界を狭める考えだからだ」


 そう言う先生の言葉は強かった。

 それこそが先生の教育者としての根底にある物なのかもしれないとライドは感じていた。

 今までの常識を捨てる必要はない、だが固執してはいけない。

 恐らく他人にとっての非常識ばかりの自分でも何とかやっていけそうだとライドはその言葉を心に刻んだ。

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