第12話 新しい生活へ

「ソーヤ・イステン、ハル・エムス、ライド。ホロ国立術騎士養成学園へようこそ」


 なんとも言えない表情で歓迎の言葉を告げるティフォーネ学長


「本当はもっとしっかりな、こう……純粋な気持ちで祝いたかったんだが……」


 そう言いながら目を向けた先には荒れ果てた校庭が窓から見える。


「すみませんでした……」


 謝っては見るもののやはりバツが悪い。

 ライドとソーヤが残した爪痕を補修している教師の姿が見える。


「まぁまぁ学長、私もこんな事になると思わなかったんですよ」

「……ったくお前は……確かに新入生同士の訓練でこうなるとは予測はできんだろうが」

「でしょぉ!」


 得意満面なクーラを学長は半目で睨んでいる。


「この話はここまでにしよう、クーラにはあとで話がある」

「何故っ!」


 学長は悲鳴を上げてるクーラを無視して3人に顔を向ける。


「さて、実際の授業が始まるのは5日程先になるわけだが、3人共寮に入るということで良いんだな?」


 3人が肯定の返事をするのを聞き学長は続ける。


「寮は校舎の右手側、校庭の反対側を少し歩いたところにある。家具は備え付けのものがある、不満があれば自分で変えても良いが常識の範囲内でな。食堂があるので食事はそこでしろ、門限は特に無いが節度を守れ。あぁ……町に出た場合は門限ありだな、夜には橋が通れなくなる」


 矢継ぎ早に色々な事を告げたティフォーネは少しだけ考えこんだ。

 他に告げるべき注意事項が無いか確認しているのだ。


「そんなところか……細かい事は管理人のフレイルに聞け」


 側に控えていた女性が一歩前に出る。


「学生寮の管理人をしているフレイルよ、よろしくね」


 軽く手を振りながら自己紹介をするフレイルという女性。

 30代前半くらい、クーラより少し若いだろうか、短い髪がその陽気そうな雰囲気に合っている。


「お前達3人は個室を振り分けることができるが状況によって相部屋を依頼する場合もある。これが鍵だ、失くさないように」


 そう言って鍵をそれぞれに渡す。


「個室なんですね、てっきり相部屋かと思っていました」


 そういうソーヤに対して苦笑しながら学長は


「お前達のように遠隔地から来る生徒は寮に入るのが普通なのだが裕福な家庭の者は王都に別宅がある場合もある。そういった場合は必ずしも寮に入る必要はないのだ。そのため部屋が空いている年もある、今年がそうだと言うことだな」


 うちの寮も悪くないと思うんだがなぁと零す学長。


「それと寮が大きいというのも理由の一つだな、元が貴族の子女を預かることを前提に作った寮なので何かとでかいのだ。この後はフレイルと一緒に寮へ行って自室の整理だ、生活できる態勢を始業までに整えてもらう」


 何か質問は?と問いかける学長。

 3人がお互いの顔を見合わせていると


「無さそうだな……」


 質問が無いと判断した学長が真剣な顔で3人を見渡す。


「この学園はお前達の人生において道標となる何かを見つける事、見つけたならばその道に進むための力を得る事ができる。だが、それらは全てお前達自身で見つけ手に入れなければならない、私達ができるのはあくまで手助けだ」


 学長は三人の顔を順番に見据えて声をかける。

 それは、まだ可能性の塊である若者への激励の言葉だ。


「4年間だ、途中で学園を去る者も少なからず居るが、この4年間をどう使うかはお前たち次第だ」


 英雄からかけられる言葉。

 それは学園で育てられるのではなく、自分で成長する事を期待するという激励の言葉。

 そして、最後は笑顔で締めくくるのだった。


「それでは良き学園生活を」



「最初はちょっと怖い人かと思ったけど、凄く良い人そうで安心したわね」

「俺は最初から悪いイメージがついたようで少し憂鬱だよ……」


 学長室を出て3人で廊下を歩く中でハルとライドがそう言う。

 自業自得よ、と言うハルの言葉に項垂れるしか無いライド。


「校庭が滅茶苦茶になったのは驚きましたけど学長は怒ってはいませんよ、むしろ期待してるんじゃないかなぁ。学長は若者が好きですからね。特に目標に向かって頑張ってる子を見るのが生きがいなんですよ」


 そう言いながらフレイルは3人を連れ立って歩く。


「”大嵐(たいらん)”ですか。天災の称号を頂くホロ王国の中でも屈指の魔人。不意打ちとは言え一撃で叩き伏せられたのは少しショックです」


 そういうのはソーヤだ。

 少し膨れた顔からは悔しさが感じられる。

 物腰や口調から大人っぽく感じるが、年相応の負けず嫌いな部分が垣間見える。


「脳天一撃だもんな、これからって時だったのに」


 悔しがっているのはライドも同じだった。

 確かに気分が高揚していた、目の前のソーヤに集中していたのも確か。

 だが、それでも一撃で止められたのは事実だ。

 それが不意打ちだったとしても。

 師匠に知られたら爆笑されるか、それとも鍛え直しだとぶっ飛ばされるかだなとライドは身を震わせる。


「何言ってるのよ!あのまま続けてたら2人とも、もっと暴れてたでしょ!」

「確かにその通りです。ハルさんと言いましたね、ご心配をおかけしました」


 そういったハルに対してソーヤは素直に頭を下げて謝罪する。

 相手にこうも素直に頭を下げられては、ハルとしてもバツが悪い。

 同年代の男の子、それも自分よりも遥かに力が強い術士であるなら尚更だ。


「うっ……そう丁寧に返されると……そうね、過ぎたことよね……」


 ハルは深呼吸を一度した後に笑顔で手を差し出す。


「私はハル・エムスよ、ハルで良いわ。ライドと一緒に来たけど彼みたいな戦闘力は無いから勘違いしないでね」

「ソーヤ・イステンです、ソーヤと呼んで下さい」


 2人は握手をかわす。


「しかし……やはりライドが特別なんですか?」


 ソーヤとしては一人でも自分と同等の力を持つ生徒がいたことが嬉しかったのだった。

 もしも、同じ力を持つ生徒が何人も居れば友人も作りやすそうだとそう考えていた。

 その言葉にハルは半目になりながら2人を見やる。


「そりゃそうよ、私はライドの力を知ってたからソーヤが対等に戦えるのが信じられなかったわ」

「やっぱりそうなんですね、お師様が言うことがそうそう外れることはないと思いましたが」

「え~そうなの? ソーヤが普通だと思ったのに」


 そう言うライドに向かってフレイルが苦笑する。


「ここに来る子達は確かに資質が認められた子です。ですが、その力をまだ磨く前、または磨いてる途中なんですよ。お二人は既に磨いた後という風に見えるわ。それも尋常ではない磨き方」


 その言葉に自分の両手を確かめるライド。

 8年間、ただただ師匠に鍛えられた力がそこには宿っている。

 師匠が教えてくれる力や知識を只管に身に染み込ませていく。

 それが俺達家族なのだと納得していた。

 それが普通だと思っていた。

 他の子供たちの事は知らなかった。

 知ろうとも思わなかった。

 姉の言葉が脳裏に蘇る、知らなかった世界を知る。

 その事が何故かわからないけど楽しかった。


「確かに師匠にも言われたんですけどね。同年代には負けないように鍛えたって」

「それは私もお師様に言われました、だからライドが凄い強くて嬉しかったですよ」


 お互いの顔を突き合わせた後に笑顔で腕を酌み交わすライドとソーヤ。


「だよな! 自分だけクラスで浮くとかならなくて良かった! また戦ろうぜ!」

「是非お願いします。お師様にも良い土産話ができました」

「なんというか、この2人の皺寄せが私に来るような気がするわ……」


 その予想が正しい気がしてならず顔を抑えるハルであった。



 そうこうする内に4人は寮に到着する。


「ようこそ学園寮へ、4年間ここが君達の家よ!」


 手を広げて歓迎の意を示すフレイルの背には3階建ての大きな建物があった。

 寮というよりも屋敷という趣が強い。

 元は貴族用の建物だと言うのだから当然なのだろうが、作りがどうにも豪奢なのだ。


「基本は学長が言ってたとおりよ、追加するとしたら何かしら……そうね……ライド君! ソーヤ君!もし2人がまた暴れたくなったら校庭じゃなくて練武場の方でやりなさい!」


 練武場?と首をかしげていると


「元々校庭はあんなに本格的に戦う場所じゃないの! そういうことをする場所は他にちゃんとあるの。練武場以外でああいう戦闘行為を行うと結界から先生達へ通知が行くのよ、また拳骨されちゃうんだからね!」


 そう言ってフレイルは笑うのだった。


「さぁ、入って入って、先輩たちもこの寮にいるから失礼のないようにね、みんな帰省中だけど」


 フレイルに促されて寮の中に入る3人。

 この寮で3人の新たな生活が始まるのだった。

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