第11話 嬉しい誤算

 ”同級生であなたと肩を並べるような子はきっといないわ”


 それはソーヤが尊敬する師にこの学園に送り出された時に言われた言葉だった。

 師の言うことはいつも正しかった。

 暴走してしまった力を制御する術を教えてくれた時も。

 人を傷つけてしまった後に家族に近づくのを恐れて泣いて居た時にかけてくれた言葉も。

 全てが正しくソーヤの道を照らしてくれた。

 その尊敬し敬愛する師から告げられた言葉に落胆を覚えなかったと言えば嘘になる。

 暴走するほどの魔力を周囲に放つ、その時点で自分は周囲の子供と同じではない。

 そんな事は幼い頃にわかってはいたが、術士を養成する学園に行けば同じような境遇の者もいるのではないかと期待を持っていた。

 その期待は泡となって消えた、師がそういうのだから間違いはない。

 自分と同じ者はいないのだからと。


 そう思っていたのだ、ついさっきまでは。


「初めます……”起動”」


 そうして臨戦態勢に入る、それは目の前にいるライドと名乗った少年も同様だ。

 気持ちが昂ぶる、今までにない出来事だった。

 目の前の少年は明らかに自分に匹敵する力を持っている、長い年月かけて培った修練が見えるのだ。

 初めてだった。

 師の言葉が間違っていたのも、それを嬉しく思うこともソーヤには初めての出来事だった。



 ライドは一息に距離を詰める。

 術士の基本は近接戦闘だ、それは魔力は体から離れると制御が難しくなり出力も落ちるからだ。

 勿論、実力がある術士になれば離れた場所への攻撃を行うことは可能、ライドも当然できる。

 だが、それでも近接戦こそ術士の基礎、力を計るのならば殴り合うのが一番早い。


 「……っしぃ!」


 呼吸とともに詰め寄った勢いのまま腕を振るう。

 先程までの組手とは次元の違う力が込められた拳が叩いたのはガードを固めたソーヤの腕だった。

 大きな樹木を殴ったような感触がある、この程度の衝撃では揺らぎもしない大木だ。

 連撃を放つ、効果は薄くとも手数を出して相手の出方を伺うライド。

 それに対してソーヤはガードを固めながら冷静に相手を観察していた。

 一撃一撃は大したことはない、だがバランスを崩すような大振りをする気はないのかコンパクトな攻撃の数で攻めてくる。

 ソーヤは連撃の隙間をついてライドの顔を狙って拳を振るった。

 強化した拳が風を巻きこんでライドの顔面に迫る、まともに喰らえば大きなダメージになりかねない一撃だがそれが当たることはない。

 そんな事はソーヤもわかっていたのだろう、紙一重で回避したライドの体を蹴り上げる。

 しっかり蹴りを防いだライドだったが、体が後方に飛ばされる。

 間髪入れずに追撃をしようと動くソーヤ、だがその時ライドの術式が発動する。


「こういうのはどうよ!」


 ソーヤの足元から土の蔦が足を拘束するように絡みつく。

 視覚の外から起動した土の魔術によって行動を阻害したのだ。


「……っ!」


 そこまで強い拘束ではない、だがソーヤの追撃タイミングが狂う。

 その一瞬で態勢を立て直したライドが再度襲いかかる。


「こちらも負けてられませんね・・・炎壁!」


 そういうとライドの前に炎の壁が立ち昇る。

 通常の炎ならば問題はない、だがそれはライドと同格の術士が作り出した炎。

 そこに無策で入ることはできないと考えたライドは炎の壁に対して風を巻き起こし壁をかき消す。


「凄いわねぇ今の学生は。入学前からあんなに動けるなんて……」

「もう一回そのやり取りします?」


 そういった2人の顔は引きつっている、明らかに入学前の学生が行う組手ではない。

 戦いはさらに加熱してお互いに高度な駆け引きをしながら術式が乱れ飛び始めていた。

 周りで訓練してた学生も手を止めて2人の戦いを見始めている。

 というよりも避難している。

 2人の興が乗るにつれて周囲への被害が拡大しているのだった。


「ねぇハルちゃん……思うんだけど……そろそろ止めないと不味い気がするの」


 ソーヤが足を踏み込むとライドが発動した術式により地面が隆起し襲いかかってくる。

 その大地の竜を砕き、細かい岩となった塊を掴んでライドに向けて連続で投擲するソーヤ。

 降り注ぐ岩を振り払うライド。

 その岩は周囲へ転がり校庭はボロボロだ。


「私が止めた理由とは真逆の展開ですけど……やっぱり最初に止めたほうが良かったですね」


 お互いの顔は凄い楽しそうなのが救いだろうか。

 訓練を通じて仲良くなるという目標だけは達成できそうだと遠い目をしながら見つめるハル。

 そうしているとクーラが頬を掻きながら呟く。


「あ~……帰ってきちゃった……」



 ライドは嬉しかった。

 自由に力を使い、それを受け止めてくれる人間。

 イテネにいる家族達は確かにライドと同等の力を持っていたが、流石に8年間一緒に訓練をすれば新鮮味はない。

 それに対して目の前のソーヤは自分の知らない動きをしてくれるのだ。

 ここまでの感じでは全体の身体能力の向上は互角。

 恐らく魔力の細かい操作ではライドが、一点の出力ではソーヤが上だろうか。

 火しか属性を使わないのは特化してるのだろうか。

 わからない事だらけ、未知の相手だ。

 自分もそうだがソーヤもまだまだ見せてない手札があるはず。

 それがとても楽しかった。

 距離を取るとソーヤが放つ火球が飛んでくる、狙いは大雑把だが規模が大きい。

 周囲が火に包まれる、やはり中距離になると出力が高い方が有利。

 ライドは多少の被弾は覚悟で距離を詰める、それを向かい撃つために構えるソーヤ。

 2人が殴り合う距離まで近づいたその時、轟音が鳴り響く。


「こんの馬鹿どもがぁ!」


 その怒鳴り声とともに2人の脳天に拳が落とされたのだった。



 突然の事に固まってしまうハル。

 2人が接近したと思ったら、周囲に風が吹き荒れて2人の脳天に拳骨を落としている美女がいた。

 金の長い髪を風に靡かせ、堂々と立つ姿は恐ろしいほどに様になっている。

 何を言ってるのかわからなくなるが、それが事実。


「おかえりなさい学長」

「学長!? ということはこの人が……」


 ”大嵐”ティフォーネ

 この学園の学長にして英雄、災害の異名を与えられたホロ王国屈指の術士だ。


「クーラ、これは一体どういう状況だ? 校庭が荒れ果ててるぞ」


 ライドとソーヤが遠慮なく暴れまわった結果、校庭は穴だらけ、置いてあった設備は所々焦げている。

 規模が大きくなる前に他の生徒は遠巻きに見学し始めていたので人的被害は無いが、それが不思議に思えてくる光景だ。


「……学長……凄いですねぇ今の学生は。入学前からあんなに動けるなんて」

「気に入ったんですか? その言葉……」


 頭を抑えて蹲っている2人を見下ろしながらティフォーネはため息をつく。


「新入生だと? たしかに一方はイステン家の麒麟児、それと互角の新入生とか存在するのか……?」

「どうりで強いと思ったら、その子が噂の天才君だったんですね。でも仲良くなってそうだから怪我の功名かなぁ」


 呑気に言いながら2人の体の状態を確認するクーラ。

 そこは流石は養護教諭というところなのだろうか。


「ふぅー……まぁいい、頭の痛みが収まったら学長室に来るように、そこの君も新入生かな?」

「は……はいっ!」

「そうか、ではそこの2人と一緒に君も学長室に来るように。話す内容は同じだから1回で済ませよう」


 そう言いながら疲れた顔をして校舎のほうへ歩いていく学長。

 それを眺めながら学園でもやっぱり今の訓練は異常なのねと妙に納得したハルであった。

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