第10話 組手をしようよ

 校庭には幾人かの自主訓練中の生徒が居た。

 その中で一番手前にいる生徒がライド達の同級生になる予定の新入生だという。

 彼は訓練をしている他の生徒を眺めており、特に自分では何もしていないように見えた。

 ライドは少し緊張しながらも、その生徒に話しかける。


「ちょっと良いかな?」


 生徒はキョトンとした表情をしているが、特に邪険にはされないようでライドは安心した。


「俺の名前はライド、実は今度ここの学園に入学する事になるんだ。よろしく!」


 君も新入生なんだろう?と言うと


「ソーヤ・イステンと言います、こちらこそよろしく。それでどうしました?」


 短く揃えられた髪、背は高くガッチリした体躯だ。

 かなり鍛えられている、ライドはそう感じた。


「実は学長と面談のはずだったんだけど、学長が居ないみたいで時間を持て余してしまったんだ。そうしたら校庭で君が暇そうにしてたからさ、どうかな? 少し一緒に組手とかやらない?」 


 急な提案にソーヤと言う少年は戸惑っているようだった。

 話し方も丁寧な敬語。

 あまり好戦的な人間ではないようだ。


「いや……僕は訓練とかは……」

「駄目かな? ほら他の人達は複数人でやってるみたいだからさ、少し混ざりづらくて……」


 校庭にはソーヤという少年以外にも自主訓練してる生徒はチラホラと居る。

 だが彼等はグループで訓練をしているし私服ではなく揃いの訓練着を着ているので恐らくは上級生なのだ。

 ライドは人間関係の構築に少し自信がなかった。

 家族以外で周りに居たのは大人ばかりだったからだ。

 同年代のさらに上級生はライドには少しハードルが高い。


「駄目というわけではないけど……」

「軽く軽く! どうせ時間潰しだからさ!」


 話していると後ろからハルとクーラ先生が追いついてきた。


「何やってるのライド! 困ってるじゃない、無理を言っちゃ駄目よ」

「うっ! それはそうなんだけどさ……気になっちゃったんだよ……あんまり同年代の術士と関わったこととか無いからさ」


 ハルに怒られているとソーヤと名乗った少年は


「僕もあまり同年代の子と一緒に訓練とかしたことなくて……それでもよければ……」


 そう言ってライドの提案を了承してくれたのであった。


「本当!? おーし、了承も得られたからこれで問題ない! ハル、荷物お願い!」


 荷物をハルに預けて相手の少年を見ると軽く身体を動かして準備をしている。

 簡単な組手だけど、これで世間一般の力を知ることができるとライドは思った。

 実際に学園に入る前に知っておきたかったのだ、自分の力はどの程度の物なのかを。


「ちょっとライド! 了承は得られたってあなたは明らかにっ……」

「はいはい、ハルは下がって下がって」


 ハルを下がらせて少し距離を作る。


「とりあえず術式は無しで良いかい? 当たりそうな時は寸止めとかで」

「そうですね、お互いどんな感じか確かめましょう」


 最初は抵抗があったように見えたソーヤも割とやる気だ。

 その光景を見てハルは頭を抱える。

 ハルは道中でのライドの戦闘を見ているのだ。

 荒事になれているであろうならず者5人を瞬く間に戦闘不能にしたのだ。

 しかも明らかに手加減をしてだ。

 ライドの戦闘力が通常の術士と比べても高いということ、学園入学前の生徒と組手など成り立たないと知っている。


「あぁ……もう……なにしてるのよ……」

「どうしたのハルちゃん? 仲良くなるのに一緒に訓練っていうのは良いことだと思うけど」

「違うんですよクーラ先生……ライドは明らかに普通の術士より強いんですよ……組手なんてして相手に怪我させたら……」


 そうこうする内に双方の準備が整う。

 ライドは組手とは言え初めて同年代の術士と戦えることにワクワクしていた。


「よし! それじゃ組手開始ね!」


 そう言うとライドは距離を詰める、迎え撃つソーヤは自然体だ。

 ライドが突き出した拳をソーヤは軽く払う、そして逆の手でライドの腹をめがけて拳を振るう。

 後ろに下がって拳を回避したライドはそのまま足を払うがソーヤは飛んで足払いを回避する。

 その後も演舞のような組手が続く、その光景にハルとクーラは


「凄いわねぇ今の学生は。入学前からあんなに動けるなんて」

「いや……あれは普通じゃないですからね、私はあんな事絶対できません」


 そういうハルの顔には驚きがあった。

 ハルは術式無しとはいえライドと組手が成立するとは思っていなかったのだ。

 ある程度の感触を確かめたのか二人が距離を取った。

 ライドは感じていた。

 明らかに動きに余裕がある、しっかりとした実力を感じる。

 道中に襲ってきたならず者などでは比べ物にならない積み上げられた力だ。


「全然余裕ありそうじゃんソーヤ! どうかな、起動状態で実戦形式にしない?」

「そうですね……良いですよ」


 ソーヤは軽くハルとクーラに目線をやりながら


「クーラ女史は養護教諭だと言ってました。ならば医療術式が使えるはずですから多少怪我しても問題ないでしょう」


 いつの間にかノリノリになっているライドとソーヤ、軽い暇つぶしと言っていた2人は既にそこには居なかった。


「ちょっとちょっと、軽い怪我は何とかできるけど重症はだめよ~というか怪我しちゃ駄目よ~」


 ソーヤが予想を遥かに超えて動けるのに驚いたというのに、さらに実戦形式が提案されている。

 その事実にハルの顔が引きつる。


「怪我が駄目とかあったりまえよ! 実戦形式とか何言ってるのライド! それにそこの君も!」


 ハルの叱責に少し怯んだライドだったが、ソーヤはハルへ


「問題ありません、僕も興味がありますので」


 そう言ってハルを下がらせてしまう。


「も~~っ! どうなっても私は知らないからねっ!」


 そう言いながら更に距離を取るハル、もう止めるのは諦めたようだった。

 ハルを軽く見て笑顔でなだめるライド。


「それじゃハルの許可も取れたし、やろうか!」


 軽く頷くソーヤを見ながらライドは師匠の言葉を思い出していた。

 ”同年代でお前とまともに戦える奴は恐らくいないだろう”


「師匠はやっぱり常識がないんだよなぁ、こういう事に関しては本当に信用できないな!」


 体に魔力を巡らせ、小さく呟くのだった。


「”起動”」

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