第8話 王都へ


「それではお嬢様。私達はこの者達を尋問した後に騎士団に引き渡して参ります」

「はい、後の事はお願いします」


 そう言って事後処理をしている面々を見渡すハル。


「少しでもこれが兄さんへの援護になれば良いんだけど……」


 そういうハルにソフィアは語りかける。


「心配はありませんお嬢様。ナッツ様ならばすぐに不正の証拠を抑えてくれます。情報が増えれば尚更です」


 そうすれば長期の休暇には戻ってこれますと。


「それに学園では私達はお嬢様を守ることはできませんが、頼りになる同級生もいるようで安心しました」


 言いながらライドに目を向ける。


「お嬢様をよろしくお願い致します」

「いや~俺よりもハルのほうが明らかにしっかり者ですよ……お世話される事の方が多そうです」

「確かにお嬢様はしっかりしすぎていますからね……お嬢様、ライド殿のことをよろしくお願いします」


 そういってハルに笑いかけるソフィア。


「これはどう反応すれば良いのよ……」


 冗談を交わし合うその姿を見ながら故郷の家族を思い出してしまうライドだった。 


 

 襲撃の後始末をソフィア達に頼んだあと、ライド達一行は王都へと向かった。

 トラブルはあったがそれすらも予定通り。

 馬車が進んでいくとライド達以外の馬車も多くなっていく。

 王都が近づいているのだとわかる。

 そうしてすぐに遠目にもわかるほど大きな街が見えてきた。

 ライド達以外の馬車もそこを目指して進んでいる。


「見えてきましたな、あそこがホロ王国の王都オードリオでございます」


 馬車は更に進み街中に入っていく。

 通りは馬車が数台すれ違えるだけの道の広さがあり、何よりも道路が舗装されているのか振動が少ない。

 建物も大きく整っている物が多い、2階建て以上の建物なんてイテネでは1つもなかったが王都では普通にあるようだ。


「人が凄い多いですね……流石は王都です」

「シーロイやイテネは開拓地ですからな、あちらとは違う活気がございます」

「王都には物も集中するの、シーロイでは手に入らない素材を仕入れたりもできるのよね」


 確かに道に並ぶ店は多種多様だ、ライドには何を売っているのか判別が付かない店もならんでいる。

 ハルは武具を作るのが夢だと語っていた。

 王都でしか手に入らないような素材を使って色々作ることに思いを馳せているのか目が輝いている。


「そういえば、妹から食事の美味しい店を調べておいてとか言われてたなぁ」

「有名なお店が幾つもあるみたいよ、行ったことはないから味はわからないけど」

「休日には学園寮から出て街に出ることもできるでしょう、お二人で探してみればよろしいのでは?」


 馬車から顔を出し、キョロキョロと周りを見渡すライド。

 通行人はみな笑顔で溢れている、走り回っている子供も見える、治安がそれだけ良いのだ。


「さて、お嬢様達が通うことになる学園。正式名称はホロ国立術騎士養成学園になりますが、それはこの王都の北のヤト湖にあります」


「湖に学園があるんですか?」

「正確にはヤト湖の中心に島があるのですが、その島全域が学園となっているのです」


 馬車は大通りから外れ、北に進んでいく。


「中央の島に行く道は1本だけ、さらに学園は結界で覆われております。その結界が異常を感知したら、学園長でもある”大嵐(たいらん)”ティフォーネ様がすぐに動くのです。昔は学園に押し入ろうとする賊もいたそうですが、ティフォーネ様に即刻捕らえられております」


 ムースの言葉にライドは少し恥じながら尋ねる。 


「ごめんなさい、有名な人……なんですよね?」

「”大嵐たいらん”を知らないの!? この国でも指折りの英雄よ!?」


 ハルも驚いている。

 こういう反応をするということは子供でも知っているような有名人なのだろう。


「俺が学園に行くことになった理由の一つでもあるんだけど、師匠はそういう常識を一切教えてくれなかったんだよね……」


 ライドの師匠は世間に対しての興味がほとんど無かったので当然教えてくれない、というか教えれない。

 多少はイテネの街の人達との付き合いの中で身に付けれたが、思わぬ所で無知を晒してしまう事がある。


「”大嵐”ティフォーネ。8年前の極大暴走と言われる大災害の時に活躍した英雄の一人よ。国中の術士が平原で魔物の群れを迎え撃ったんだけど、空を飛ぶ魔物は彼女の嵐の前に地に落ちたと言うわ」


 大災害、ライド達兄妹が師匠と出会う事となった原因だ。

 国中に被害が及んだと話を良く耳にするがライドに取っては運命の出会いがあった出来事である。


「その彼女が学園長をしているのが入学する先というわけですな」


 そろそろ見えてきましたぞ、とムースが告げる。

 目の前に広がる湖、その奥に大きな島が見える、かなりの大きさだ。


「馬車で行けるのは手前の管理所までのようですな」


 島から伸びる橋の手前に小屋がある、どうやらあそこが学園への入場管理をしているようだ。

 馬車を横付けにして荷物を下ろし、一緒に馬車を降りたハルと共にムースと向き合う。


「お嬢様、ここまででございます」


 ムースはハルの目を真っ直ぐに見据えて言葉を紡ぐ。

「あなたの志は素晴らしい物です。偏見はあるでしょう、心無い言葉を言われる事もあるでしょう。しかし、あなたに賛同してくれる者も、支えてくれる者もこの学園には居るはずです」

「ありがとうムース、兄さんの事を助けてあげてね」


 続けてムースはライドを見る。


「ライド様、お嬢様をよろしくお願い致します。先程の戦いを思い出して頂きたいのです。棍を手にとったお嬢様をあの男は侮ったでしょう。あれこそが武器を使う者への世間の反応なのです。お嬢様は夢のために、あのような考えの者と対峙する日が必ず来ます。その時に、お嬢様の味方になってほしいのです」


 そう言いながら頭を下げるムース。

 ハルはムースの姿に照れくさそうにしているが何も言わない。

 この執事がハルの為を思ってこんな頼みをしていることをわかっているのだ。


「あなたは自分のことを常識がないと言いますが、それは偏見も無いという事です。どうか自身の心を見失わないように、そうすればあなたは今よりもさらに立派な術士になる事でしょう」


 その言葉にはハルの事を思う気持ちと共にライドへの期待が込められていたように感じた。


「短い道中でしたが、ありがとうございました。ハルの事は任せて下さい。もう僕の大事な友人ですから」


 笑顔を浮かべながらムースは馬車に戻る。


「それでは失礼させていただきます」


 そう言うとムースは馬車に乗り街へと戻っていた。

 残された2人はしばし余韻に浸っていたが、いつまでもそうしているわけにはいかない。


「行こうか、あそこの建物で手続きをするのかな?」

「そうね……行きましょう、手続きとかどれくらいかかるかわからないしね」


 色々なトラブルがあったために錯覚してしまったが、2人の学園生活はまだ始まってもいないのだから。 

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