第7話 戦闘

 魔力を体内に巡らし、身体能力を向上する。

 それだけはなく、魔力を火や水に変換し、風を巻き起こし大地を隆起する。

 そうして人の力を超える者を”術士”と呼ぶ。


「”起動”」


 短くライドは呟く。

 術士は常に無意識でも体内で魔力を循環させている、そのため常人よりも身体能力は優れている。

 だが、意識をして魔力を巡らせ、直接的な力に変換する状態こそが本来の姿。

 戦闘起動と呼ばれる臨戦態勢。

 ライドは前方を睨む、道を塞いだ馬車から降りてきた男は5人、その誰もが術士ではあるようだ。


「なんだなんだ、ガキが一人かよ。頭緩みすぎだろ」

「このガキがターゲットじゃないっすよね、たしか女でしたから」

「将来有望な女が目標だとよ。このガキは殺していいが女は傷つけんなよ」


 口々に下衆な言葉を吐きながら男たちが歩いてくる、ライドは男たちを一瞥して確信する。

 障害にはならない。

 身のこなしが雑だ。

 油断を誘っているブラフなどではない。

 単純に練度が低い。


「怖くて動けねぇかぁ! ついてなかったなぁお前!」


 微動だにしないライドを見て男たちは声を上げて笑う。

 それを聞きながら頭の奥で思考を回す。

 殺すと情報の聞き出しができなくなる、生かして捉えるのに問題はなさそうだ、ライドはそう判断した。

 ライドが動いたその刹那、悲鳴が上がる。


「あぎゃぁぁぁぁぁ!」


 雷鳴の如き速さで踏み込んだライドは一番前にいた男の膝を真正面から蹴り折った。

 脆い。

 術士ではあるのだろうが三流と言っても良いレベル。

 身体強化の質が悪い、ライドの動きに着いてこれていない。

 足を蹴り折った男の隣にいた奴の腹に拳を振るう、力の加減を間違えると殺してしまいそうだ。

 腹を殴られた男は吹き飛びながら男たちが乗ってきた馬車に突っ込む。


 「てめぇ! 術士か!」


 今更ながら気づいたが男たちは残り3人、完全に浮足立っている。

 これは本当に俺は必要なかったなとライドは思いながら、3人目の顔を掴んで力任せに大地に叩きつける。

 残り2人。

 意味不明な奇声を上げながら2人同時に突っ込んでくる。

 この時点で逃げないのは勇気か、ならず者なりの職業意識か、それとも愚かなのか。

 振るわれる拳を避けながら一人の手を掴みそのままへし折る。

 流れるように最後の一人を殴り飛ばす。


「とりあえず、最低限の仕事はしたかな……」


 ライドがイレギュラーだったとしても、この程度の戦力で襲ってくるという事が信じられない思いだ。

 この襲撃が相手がハルの情報に踊らされた結果だとすれば彼女の思惑通り事は進んでいるのだろうとライドは思った。



「やりますね、あのお歳であの動きとは」


 前方に駆け出したライドの動きを見ながらムースは感想を述べる。

 確かに前方の5人はそこまで手練というわけではなかった、それでも荒事の経験だけは多いだろう術士が5人。

 まだ15歳の少年が瞬く間にそれらを制圧する姿は中々見られる光景ではない。


「ムース殿、よそ見ばかりしていないでこちらの方もお願いします」


 後方の馬車から合流した4人の中のリーダー格であろう女性が声をかける。


「あぁ、申し訳ございませんでしたソフィアさん。将来有望な若者の姿に見とれてしまっておりました」


 自然な動作で手袋をはめ、戦闘態勢に移る。


「それでは”起動”します」


 そう言った直後、ムースは周りを囲んだ術士の一人に対して距離を詰める。

 敵方はライドが最初に上げさせた仲間の悲鳴で動揺しているようだ。

 ライドは意識をしてやったわけではないのだが、ムースにはその動揺だけで充分の援護になっていた。

 的確に顎を打ち抜き意識を断つ、それをもう一度繰り返す。

 2人目が倒れた時点で男たちも仲間の心配をしている場面ではないと正気に返る。


「爺! ぶっ殺してやる!」


 声を上げながら一人の男が火球を放つ。

 しかし、俊敏に動くムースにそのような物が当たるわけがない。


「基本がなってないですな、距離が詰まった状態で火球を放つなど」


 そう言いながらムースは相手の目線で光を弾けさせる。


「術士同士の戦いに慣れていないと言ってるような物です」


 視界を塞いだ一瞬で火球を放ってきた男に接近、先と同様に的確に顎を狙い鎮圧。


「それにしても爺というほどの歳ではないのですが……基本どころか礼儀もなってないですな」 



 事態は収束に向かっていた。

 ライドとムースにより機先を制され、それでも目標を達成しようと本命であるハルに襲いかかってきた者はソフィアとその部下によって無力化された。


「お見事です。ムース、ソフィア、他の皆もご苦労さまでした」

「光栄でございます、お嬢様」


 そういって頭を下げる姿は人の良い執事にしか見えない。


「それにライドもありがとう。本当に強いのね、一瞬で終わっちゃった」

「俺の援護は必要なかったようにも思うけどなぁ、しっかり準備してんだもん」


 そう言いながら戻ってきたライドに対してムースは


「いえいえ、ライド様こそ素晴らしい動きでございました。全てを任せても良いと思ったのですがソフィアさんに尻を叩かれてしまいましてな」


 そう言って大きく笑う。

 ジョークも飛ばせる紳士、格好良いとライドは感心していた。


「まったく……人聞きが悪いことを言わないで頂きたい」


 そうこうする内に後方に待機していた部隊が合流。

 周りに転がっているならず者を一箇所に纏める作業から戻ったソフィアは少し神妙な顔をしてハルに問いかける


「これで襲撃は終わりですが……お嬢様、本当にやるのですか?」

「えぇ、こんな機会はきっともう無いわ」


 ハルはそう言いながら縛られている男の一人に話しかける。


「あなたに一つチャンスを上げるわ」


 そう声をかけられたのは、炎の術を使った瞬間にムースに昏倒させられた男だった。


「これからあなたの縄を解く、そして私と戦ってもらうわ。私に勝つ事ができればあなたは自由よ、他の仲間までは無理だけどあなたは助かる。どう? 凄いチャンスでしょ」


 その言葉に男は訝しげな顔をしている。

 一度捕まえた敵を開放し、自分を襲わせる、そして勝てれば自由。

 男は何をしたいのかがわからないのだろう、それはライドも同じだった。


「ハル? 何言ってるんだ?」

「ライド様、ここはお嬢様の自由にさせてやってください」

「ごめんねライド、でもこれも最初から予定通りなのよ」


 ムースは男を立たせ、縄を解く。


「イカレてんのかこの女? 頭沸いてんだろ」

「そうかもね、どちらにしてもあなたにはメリットしかない提案よ」


 このままでは男に未来はない。

 ならば信用できなくてもこの提案に乗るしかないのは男もわかっていた。


「それで良いのよ、みんなは手を出さないでね」


 ハルはソフィアから長い棒を受け取る。

 彼女の身長ほどある棍が彼女の武器のようだ。

 魔力を体に通し、感触を確かめるようにそれを振るうハルを見て男は笑う。


「はっ! 頭がおかしい上に武器を使うような雑魚だと? 爺さん、本気か? 殺しちまうぞ」


 その言葉にムースは答えない、視線だけはよく見ると険しくなってはいるが。

 ハルも侮蔑の言葉に反応をしない。


「良かったわね、その雑魚を倒せばあなたは自由よ」

「てめぇ……約束は本当なんだろうな」

「当然よ、嘘ばかりつくチンピラと一緒にしないで」

「上等だよ……このクソガキがぁ!」


 その言葉と同時に男が炎を放ちつつ距離を詰める。

 先程のムースと戦った時のような雑な動きとは少しだけ違う。

 男はそれだけ本気だった。

 ハルは炎を横にステップして回避し、迫ってくる男に対して連続で棍を突き出す。

 その棍捌きは彼女がその武器を使い慣れていることを伺わせる。

 ライドは2人の攻防を見ながら、もしもハルが危なくなったら飛び出せるように準備をつつムースに問いかける。


「これはどういう事なんですか?」

「お嬢様の要望なのです、スムーズに制圧が終わった場合は一人だけ解放し戦わせてほしいと。お嬢様は貴族の護身術として対人戦の訓練もしておりますし魔獣と戦ったこともあります。ですが、敵意を持ち、悪意を持って襲いかかってくる者と戦ったことはないのです」


 戦いは続く。

 男は間合いを測りながらもハルに近づく事ができないでいた。

 しかし、ハルの棍も男を捉える事はできない。


「そんなもん使うなんざ近づかれたく無いって言ってるようなもんだぜ、お嬢ちゃんよぉ!」

「その通りね。私、あなたのような野蛮な人には近づきたくなくて」


 ライドやムースに簡単に制圧されたとはいえ、男たちはある程度の腕はあったということだ。

 それに対してハルも中々良い動きをしている。


「たしかに魔獣と戦うのと人と戦うのは違います。実戦に慣れておきたいって事ですか?」

「そういう事です。初陣で浮足だったり恐怖に飲まれ実力を発揮できずに死ぬ者はおります。お嬢様はそうならないようにリスクをコントロールできる状況で経験を積みたいと仰ったのです」


 その時、男がついにハルの間合いに踏み込み拳を振るう。

 その拳を寸前で棍で受け止めたハルだったが、すでにそこは棍が振るえるような間合いではない。

 男は勝利を確信したように叫ぶ。


「やっと捕まえたぜ! これで終わりだなクソアマが!」


 今まで戦いが長引いていたのはハルに近づく事ができなかったからだ。

 棍の間合いの内側となればハルに対して力押しで何とかなると考えた男は棍を掴みハルの動きを制限しようとしていた。

 その時、ハルの魔力が棍に流れた。

 棍は短く明滅すると同時に男から悲鳴が上がる。


「あぎゃぁぁぁぁ!」


 男が握った棍から発生されたのは雷の魔術。

 完全ゼロ距離で魔術の直撃を受けたのと同じなのだから男が無事で済むはずがない。

 体から煙を上げて痙攣する男に対してハルが鋭い突きを入れる。


「これで終わりね!」


 腹部に強烈な一撃を入れられた男は後方へ吹き飛び動かなくなった。


「おぉ、やるなぁハル」

「はぁ……はぁ……ありがと。ふぅ~……でも……ちょっと疲れたわ」


 余裕があるように見せてはいたがハルの疲労も大きかった。

 肉体の疲労よりも精神的な疲労だ。

 街のチンピラに毛が生えた程度とはいえ悪意を持つ人間との対峙は大きなストレスとなる。

 それが慣れていないどころか初体験であれば尚更だ。


「お見事です。良い経験になりましたか?」

「えぇ……ありがとうムース、ソフィアやみんなも私の我侭に付き合ってもらって。おかげで武器の性能テストもできたわ」


 ハルが言うにはこの棍は魔力を通すことで魔術を発動することができる武器なのだそうだ。

 彼女がカスタマイズをしており通常の魔道具よりも少量の魔力で大出力。

 そして地水火風ではなく雷を発生するのは中々珍しいのだそうだ。


「これでやれる事は全部やったかしらね」


 そう言ってハルは汗を拭いながら笑うのだった。

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