第6話 質疑応答からの


 シーロイから王都までは馬車で3日。

 ゆったりとした時間が流れる。

 他愛ない会話をしながらも馬車は進む。

 宿場町で1泊した後にさらに西へ、一路王都を目指す。

 宿泊の際の費用は全て受け持ってもらえる事になってはいた。

 さすがは領主、太っ腹である。

 馬車はさらに西へ。

 もうここは完全に人の領域、魔物の心配などする必要はなくなっていた。

 初日から緩い会話が続いていたが3日目に馬車に乗ってすぐにハルは少し真剣な表情になった。 


「さて、シーロイからも大分離れてライドも色々気になっている事でしょうし」


 質問タイムよ、ハルはそう言って目が鋭くなる。


「このままその話題に触れないで王都に着くっていうのも悪くないと思い始めてたんだけどなぁ……」

「それならそれで良いんでしょうけどね、そうはいかないだろうし」


 絶えず周囲に気を払っていたでしょう?そう確認をされる。

 たしかにライドは周囲を警戒していた、というのもこの馬車が余りに無防備だったからだ。

 後ろから護衛馬車がついては来ている、だがそれだけだ。

 そんなのは簡単に分断できるし、それこそこの馬車にも護衛を数名は同乗させるべきなのだ。


「あまり負担をかけるのもどうかと思ってね」

「それじゃ聞かせてもらおうかな」


 ライドは出発時から気になっていた一番の懸念を口に出す。


「シーロイからずっと、護衛の馬車の更に後ろに一定距離を保って尾行している奴等がいる、これが君を狙っている輩か?」


 その問いかけにハルは少し驚いた顔をした後に


「凄いわね、かなり距離を置いて尾いてくるようにしてるはずだけど……その集団は恐らく私の護衛よ。この御者をしているムースは実はかなり強いから後詰という感じだけど」

「護衛がわざわざ距離を取っている? もしかして……」


 ハルは薄く笑いながら


「そういう事、私は餌ってことね。予想ではもう少しでこの馬車は襲撃を受けるわ、そうなるように情報を流してるの」


 その言葉にライドは眉をひそめる。

 不穏な空気が流れているというのはイテネの町長やナッツからも聞いていた。

 だからこそ護衛をと頼まれたわけだが、その護衛対象が襲撃を誘導しているというのだ。


「理由を聞いても?」


 当然の権利ね、と言いながらハルは話し始める


「兄さんが領主代行になってから嫌がらせが激化したって話は聞いたかしら?」

「あぁ、ナッツさんが言っていた」


 力が足りず妹に申し訳ないとも


「兄さんの力が足りないから激化した……実際はそうではないの、そうするくらいしかできない状態になっているということ」


 綺麗な顔を僅かに歪ませ嫌悪感を隠そうともしないハル。


「言ってしまえば悪足掻きね。父は身内に甘かった、兄さんも甘いけど父に比べれば厳しいわ」


 だから、ナッツが代行になってから色々と厳格化した。

 特に不正に対しては厳しくなっていっている。


「そんな中、私が術騎士学園に行くために家を離れる。小さな嫌がらせをして兄さんに揺さぶりをかける事しかできなくなっていた彼等に訪れた大逆転のチャンス。こう言ってはなんだけど兄妹仲は良いほうなのよ。私に何かあったら兄さんに対してのカードになる」


 追い詰められた輩が暴走する可能性は充分ある。


「兄さんは学園行きにも勿論反対した。だけど元々学園に行く予定ではあったし、ずっと屋敷に引きこもるわけにもいかないじゃない?だから道中の安全を確保した上で学園に送るということに決まったの」


 その時に私はこう考えたとハルは続ける。


「この機会は色々な意味でチャンスじゃないかな?って。さっきも言ったけど兄さんは私を大切にしてくれているわ。その私が失敗とは言え直接的に襲われたなんて事になれば、きっと兄さんは本気になる」


 悲しそうな顔をしながらハルは言う


「兄さんはきっとね、心の底では敵対している皆にも認めて欲しいと思っているの、優しい人だから。自分が領主として有能である事を示せばと、そういう考えが根底に残っている」


 あまり良くない関係だったとしても身内は身内。

 事を荒立てずに済むならそれが一番良い。

 ナッツは穏便に事を進めようとしている。

 自分の有能さを証明し、それによって今は敵対してしまっている人達にも付いてきて欲しいと考えているのだ。


「でも、それは叶わない。自分の利権のためだけに”兄さんが領主になる”ということを認めない人達が居る、これが現実」


 彼等にとっての有能とは、自分にどれだけ甘い汁を吸わせてくれるかという一点だけだと。


「だから私は少しでも早く兄さんに本気になって欲しい。兄さんがその気になればすぐに証拠は集めれると思うから」


 そのために自分が悪党を釣る餌になることを選んだのだというハル


「時間をかければ解決できる事ではあるわ、でもリスクが少ないなら動ける時に動くべきと私は考える。だから大仰な護衛をつけるのには反対した、小心者の小悪党が手を引いてしまうと折角の準備が台無しになっちゃうから」


 時間をかけてでも腰を据えて挑むのか、それとも動けるときに迅速に動くのか。

 どちらが正しいのかはわからないが、ハルは今動くのを選択した。


「それにね、来るとわかっていれば危険は対処しやすくなるわ。困るのは不意を突かれてしまう事だから」


 ごめんなさい、巻き込んでしまってと謝られる。


「いや、俺はイテネの町長からなんか怪しい気配を感じるって事で依頼されたからね」


 だから謝る必要はないとライドは笑う。


「そろそろ襲撃されるという根拠は?」

「ここよりも進みすぎると王都に近くなりすぎるわ、王都に近くなれば警邏の兵だって多くなる。もしも私を逃してしまったら、駆け込む先が近すぎるしね」


 たしかにこれ以上王都に近づくと襲撃も目立つし、兵士が駆けつける時間も短時間になるのだろうとライドは納得する。


「昨日は様子見をしてたんだと思うわ、それこそこの馬車の護衛が少ないのをあちらも警戒したのでしょう。それでもこれが最後のチャンスと彼等は考え、そして動く」


 なぜなら、ここで動かなければ兄にすり潰されるだけだとハルは言う。

 学園に入学すれば最長で4年間は実家に帰る必要はなくなる。

 憂いがあるならば家に帰ることをしない、そう考えているという情報は散々流したとのだと。


「甘いとは言え不正の証拠を揃え始めている兄さんの調査に4年間耐えることができるとは彼等も考えてはいないでしょうからね」


 その時、前方から来た馬車が横付けになり道を塞いだと同時に後ろで爆音が響く。

 後方の馬車が燃えている。

 敵の襲撃。

 炎の魔術だ。

 練度はわからないが敵に術士がいる。

 いや、計画的ならば襲撃者全員が術士と考えるべきかとライドは思考する。


「来たわね……予定通りだわ! ムース合図をお願い!」

「お任せ下さい、お嬢様」


 そういうとムースは空に向かって光を飛ばす。

 遠くの人員に異常を知らせる信号だ。

 光球が空たかく上がったあとに青白く弾ける。


「後ろの馬車は無事!? 見捨てるのは寝覚めが悪い!」

「大丈夫、後ろの馬車も襲撃があるだろうことはわかっているわ」


 ライドが後ろを見ると炎上する馬車から白い制服を来た人間が4人飛び出してくる。

 4人はこちらに合流するとリーダーと思わしき女性が部下の3人にハルを守るように指示を飛ばす。

 そして女性は遥か後方から別種の信号が空に上がっているのを確認する。


「お嬢様の言うとおりでしたね、後衛もこちらに向かっております」

「そうね、後ろのほうにもしっかり襲撃は伝わったようだし確実に逃さないように行きましょう」


 どうやら先程の信号は後衛部隊の上げた物のようだ。

 内容としては襲撃を確認したからすぐに合流に向かうといったところだろうとライドは考える。


「俺の戦力は織り込み済み? 血の気の多そうなのが前から来てるけど、あれは俺が対処しても良いのかな」


 そう言って前を見ると明らかに戦闘態勢と言ったならず者が5人こちらに向かってきている。

 切羽詰まった小悪党の暴走ならば、そこまで手練がいるとは思えない。

 だが、馬車が燃えているからには相手は多少は術式が使えるという事。

 ライドが出る必要はないのかもしれないが実際に襲撃があったからには仕事をしなければと考える。

 周辺に潜んでいたのであろう伏兵が姿を表す、囲まれてしまってはいるがこの状況はハルが望んで作り出した状態。


「では、前方をお願いできますか。その他は私達で大丈夫でしょう。ライド様は余剰戦力なので連携は難しいでしょうし、こちらの事はお気になさらず」


そういうムースは先程までの人の良い執事とは思えぬ雰囲気を漂わせてる。

 この程度は恐らくこの人だけで本来制圧ができるのだろう。


「あまり必要は無さそうだけど……お仕事しますかね!」

 

 そう言ってライドは馬車から足を踏み出した。

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