雨の日の物語
雨が好きだ。
正確に言えば、『雨の音』が好き。
雨が葉っぱを打つ音や生徒たちが広げた傘に跳ねる音、コンクリートに打ち付ける音。
雨音は不思議と筆を走らせる。
風が吹かない限り雨が入り込まない軒下とはいえ、湿気で原稿用紙が柔らかくなってしまうから、長くは外に出ないけれど。
そろそろ部屋に入ろうかなと、後ろを振り返る。
ここは新校舎の第2図書室。
放課後、文芸部の部室として使用されている。
室内に入ると、図書室のイメージとは裏腹に、とても賑やかだった。
部活紹介の折りに部長が放った一言、「文芸部は静かさを求める者には向かない。他を当たってくれ」に興味を持ち入部した。
入部した結果を端的に表せば、ここは『創作集団』だった。
部屋に入ると、一人黙々と文字を綴る人や創られた話を読む人もいる。
そんな中、賑やかに盛り上がっているのは、考察や議論をしている数グループだ。
推理小説であったり、文章の構成についてであったり、表現の仕方についてであったり。
時には白熱することもある。
そうして出来上がった熱を、個人それぞれの作品作りに発散しているのだった。
これが、部活紹介時に部長が言い放った理由だった。
なぜこんなに賑やかなのかというと、第2図書室が防音設計されている為だ。
生徒が増えて来た為に増設する新校舎の設立計画した際に、当時の理事長により導入されたらしい。
なんでも、芸術家にはぶつかり合う場が必要だ、とか言ったんだとか。
ちなみに、確かにこの学校は芸術面に力を入れている。
そして、学校祭は芸術発表会も兼ねていた。
文芸部は創作した作品の展示がある。
小説であったり、美術部と組んだ漫画であったり、演劇部の脚本であったり。
一応、旧校舎にも図書室はあり、第1図書室と呼ばれている。
こちらは図書室のイメージ通り、本を捲る音や筆が走る音が聞こえるくらい静かだ。
集中したい部員もたまに利用している。
第2図書室も昼間は一般生徒に解放されているが、放課後は部室になる。
文芸部に入部してから、文章を書くことが好きになってきた。
元々、本が好きで、ジャンルは片寄ってるけど色々な本を読んでいた。
好きが高じて、ただ読むだけじゃなくて話の構成や文章、表現まで敏感になってしまったぐらいには。
文芸部では出版社の募集する賞に投稿することも認められているけれど、まずは自分の好きな話を自分の為に書いてみている。
そうしている中で、自然の音を聴きながら書くことが好きなことに気が付いた。
賑やかな室内も閃くものがあって良いけれど。
もう少し、できれば帰りの時間まで雨の音を聴きながら書きたい。
でも図書室では本が湿気を吸ってしまう為、長く窓を開けることは出来ない。
自分の教室で続きを書くことに決め、出欠ボードの一言欄に行き先を記入する。
出欠ボードとは、放課後に一度部室に来て、部活に参加するか休むか、どこにいるのかを書き込むボードのことだ。
十何年か前の先輩に、部室外で創作していて寝てしまい、一晩中本人は学校にいたけれど、行方不明として警察騒動となった人がいたため、再発防止の為らしい。
今では携帯電話で連絡取り合えるけど、帰りの時間には念のためボードに記入ある場所に部長が見回りに来てくれる。
教室にたどり着き、1箇所の窓を開ける。
一階の部室と違って雨の降る音しか聴こえないけれど、集中できそうだった。
帰る時間まで約1時間。
どれだけ書けるかなと思いながら、鞄からおやつの飴玉を取り出して口に含む。
やがて、雨音に混ざった原稿用紙を走る万年筆のBGMが教室内に静かに聴こえ始めたのだった。
青春の放課後 柚月ゆう @yutsuyu
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