男前の狸さん殺人未遂事件

あきのななぐさ

ある日、取調室で

 ついに、あの三毛猫さんが自分の罪を認めた。


 その号外のようなニュースが飛び込んで来てから三十分もしないうちに、三毛猫さんからの『助けて欲しい』という趣旨の連絡が来た。「にゃんが、にゃんで? にゃんだかにゃん?」という相変わらず支離滅裂な言葉しか言わず、見かねてそれを通訳してくれた犬のおまわりさん。彼らにこれ以上迷惑をかけることは忍びないので、真夜中の道を、犬さつ署に向けて急ぐことにした。


「いや、申し訳ないね」

「いえ、こちらこそ、すみません」


 もう何度も繰り返しているその挨拶も、今回は少し様子が違っていた。


「今日はすごく事件が多かったのですか?」

「いや、三毛猫さんの件だけだけど?」


 相変わらず平和な街にもかかわらず、きょうの犬さつ署はかなりの人で賑わっていた。


「では、この人たちは?」

「ああ、野次馬だよ。三毛猫さんの自白を聞きに、皆がやってきて暑くてかなわん」

「…………暑くて、かなワン」


 普段真面目な犬のおまわりさんも、このギャラリーに対して多少興奮しているのだろうか。それとも近くにいるオヤジなヤジ馬さんたちの影響をうけているのか。いずれにしても、普段と違うその様子は放置して、本題に入ることにした。


「犯行予告があったと聞きましたが、本当に三毛猫さんが?」


 事件は和菓子の店のオーナーである男前の狸さんが何者かに殴られたというもの。しかも、一命はとりとめたものの、かなりの重体で、今もカチカチ山病院で暴力ウサギの看護師さんに、付きっきりで手厚い看病をされているらしかった。


「撲殺する動機は不明。凶器も不明。素手じゃないかという線が濃厚だ。なにより、犯行予告を目撃した者がいるのだよ。しかも、かなり言い争いをしていたらしい」

「あの可愛らしい肉球では無理でしょう。それに、三毛猫さんの猫パンチは必ず爪が出ます。結構痛いんですよ、あれ。それよりも、その『予告の目撃者?』は、いまどこに? 誰か教えていただけます?」


 おおよその見当はついてきたが、一応確認を取っておく。


「今は、オーナーに代わって店を見ていると思うよ。まぁ、捜査上の事は秘密だが、君なら特別に教えてあげよう。ナマケモノの店長さんだ」

「――なるほど」


 やはり、あの時の会話――というより学芸会――が、そうなってしまったのだろう。だが、それよりもあの店が少し心配だ。捜査上の秘密がだだもれとなり、ナマケモノの店長がいる和菓子の店は、夜間営業をして初めての、大賑わいを見せているに違いない。もっとも、売り上げには貢献してくれないでしょうけど……。


「おや? ずいぶん涼しくなったものだ。連中、あきらめて帰ったかな?」


 今度は、自分がやらかしていることに気が付かない犬のおまわりさん。だが、色々と気になる男前の狸さんもそうだが、まずは三毛猫さんをどうにかしてあげないといけないだろう。


「その目撃証言は、ナマケモノの店長さんの誤解です。あの場には私もいましたから。それをナマケモノの店長に聞いて来てください。私はその間に三毛猫さんに話を聞きます」

「じゃあ、ジー、オー、行ってくれ」


 見た目にはさっぱり区別のつかない二人の犬のおまわりさんが、勢いよく飛び出していく。それを見送った後、私は案内された取調室の扉の前にやってきた。


「言っておくが、かなり興奮しているから」


 そう告げられて、少し緊張して入った部屋。そこには猫じゃらしで遊んでいる三毛猫さんと柴の犬子さんの姿があった。


「にゃ?」


 その、心底不思議そうにする顔と同時に、それとは違って体だけは猫じゃらしに反応している三毛猫さん。もはや、自分がここにいる理由もわからなくなっているに違いない。


「三毛猫さん、今の状況をわかってます?」

「もちろんですとも! なかなか手ごわい相手です」


 そういうが早いか、猫じゃらしに夢中になる三毛猫さん。聞いてくれるなら、そのままそのセリフをお返ししたいところです。ですが、今は真夜中を過ぎています。それに、本音を言うとそろそろ私も帰ってゆっくりと寝たいところです。


「おお、何やら騒がしいぞ?」


 その物音に、敏感に反応した犬のおまわりさん。それもそのはず、ここから和菓子の店はそう遠くはありません。犬のおまわりさん達と共に、あのギャラリーたちも帰ってきたという事でしょう。


「わかりました! 寝てたので、起こすのが大変でしたが、探偵さんもいたそうです!」


 職務に熱心な犬のおまわりさん達は、寝ていたナマケモノの店長から無理やり話を聞いたのでしょう。お気の毒なナマケモノの店長さん。ですが、これではっきりとしました。


「あれは、三毛猫さんの妄想です。男前の狸さんもそれに合わせてじゃれあっていたのです」

「なんと! では、姿なき殺人者とはいったい!?」

「それも三毛猫さんの妄想です」

「そんなことはないです! 絶対にいます! 私、見ました!」

 

 私の言葉に、見てもないことを見ていると主張する三毛猫さん。今度はその言葉に、犬のおまわりさんが反応した。


「なんと!? では、やはり三毛猫さんがやらかして!?」

「にゃ?」


 すでに、取調室にも入ってきているヤジ馬たちも、それに呼応して騒ぎ出す。真夜中を過ぎても元気なこの人たちを含めて、三毛猫さんは今晩は『この場所に』、ご厄介になるといいです。


「じゃあ、明日またきます。皆さんも、どうか推理してみてください。姿なき殺人者は、まだ誰も見たことはありません。三毛猫さん、あなたもですよ。そして、まだ誰も殺害しておりませんし、誰も傷つけていません」

 

 全員がその場で考え込んでいる隙に、私はそっと犬さつ署をあとにする。


「無事だといいですが……」


 ふいに漏れたその言葉。それがいったい何を意味するのかは分からない。ただ、私は胸にわいたそのざわつきを、抑えることができなかった。


〈了〉


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