第127話 この時代を生きる人間
私の姿は、フォレスティ城の大会議室にあった。
とても広い部屋で、中央に置かれた長テーブルを見守るように壁にかけられたフォレスティ王国旗が目を引く。大勢の貴族を招集し、重要な話し合いをするときに使われるような特別な部屋みたい。
とはいえ、この部屋が満員になるほどの人数はいない。
私が知らない顔も見られるけれど、恐らく私やアランの前世について知っているような方――つまりこの国の統治に関わっている重要な人たちみたい。
長テーブルの上座には、倒れられたイグニス陛下に変わって国を治めることになったノーチェ殿下が、殿下から見て右側にエスメラルダ王妃殿下の座っていらっしゃった。
王妃殿下の横にはルドルフが腕を組んで座っていて、数人を挟んでフリージアさんとレフリアさんの顔が見えた。
アランに聞いた話だと、フリージアさんとレフリアさん――フリージア・ルト・オリアンとレフリア・ルト・オリアンは、オリアン侯爵家の双子。
産まれた順番的にはレフリアさんがお兄さんなのだけれど、あまりにもフリージアさんがしっかりしているせいでお姉さんに間違われることが多く、今では本人達も否定していないらしい。
そしてフォレスティ王国内では非常に珍しい、精霊を視る目をもった双子の精霊魔術師なのだ。その辺りがノーチェ殿下の興味を引いたようで、今では殿下の精霊魔法研究仲間兼側近として、長く行動を共にしているのだという。
私と目が合うと、フリージアさんはスッと会釈をした。肩までの真っ直ぐな赤毛が僅かに揺れている。キリッとした印象を受ける綺麗な方だわ。
反対にレフリアさんは、雰囲気が明るくて人懐っこさを感じる。髪の毛はフリージアさんよりも短いため、それが二人の違いを決定づけるものになってるみたい。
彼も私からの視線を感じたのか、妹さんと同じ赤い大きな瞳を細めてニッコリと笑った。
双子だけれどこうして見ると、二人が纏う雰囲気は随分違うわね。
そのとき、
「エヴァさまはこちらへ」
「えっ……ここ……ですか?」
勧められた席を見て、私は戸惑ってしまった。
そこはテーブルを挟み、ノーチェ殿下と対面する位置、つまり殿下の次に立場がある方が座る場所だったから。
だって私、この場で一番立場が低い人間なのよ? エスメラルダ王妃殿下よりも立場が上の位置に座るって、絶対におかしいわ!
どうしようかとアランに視線を向けると、何故かノーチェ殿下の申し訳なさそうに仰った。
「エルフィーランジュ様、ご不快な思いをさせ誠に申し訳ありません。今すぐこの席をあなたさまにお譲りを……」
「えっ? ええっ⁉ いえ、あ、あのっ!」
って、ノーチェ殿下が何故か席を立たれようとしてるしっ‼
ちょ、ちょっと待って‼
事実上、この国の統治を任されているノーチェ殿下を差し置いて、何故私が上座に座るってなるの⁉
そんな殿下に向かって、アランが呆れた表情を浮かべながら口を開く。
「ノーチェ兄さん、さっきも言っただろ? エヴァに対し、過度な特別扱いは不要だって」
「しかしアラン。この御方は三百年前、国をお救いくださった。そして世界の根幹たる精霊たちの母であらせられるんだぞ」
「そんなこと言うと、俺だってフォレスティ王国を作った初代国王なんだけど?」
アランの言葉に、ノーチェ殿下はむぐっと口をつぐまれた。私とアランを交互に見ながら、もの凄く難しい顔をされている。
も、もしかして……私とアランのどちらと席を替わるべきか、本気で考えていらっしゃる⁉
私の隣で、特大のため息が聞こえた。
相変わらずだなと呟くと、アランは後ろに控えていたマリアに目配せをし、エスメラルダ王妃殿下と向かい合う席を引かせた。
どうやら私に、ここに座ってと言ってるみたい。
何かを仰りかけたノーチェ殿下を遮るように、アランが鋭い視線を向ける。
「兄さんが、精霊女王や精霊たちを大切に想っているのはよく知っている。しかし今の彼女は、エルフィーランジュではなく、エヴァ・フォン・クロージックだ。エヴァとして生きてきた人生を否定することは、たとえ兄さんだろうと許さない」
エヴァという人間を大切に想ってくれているからこそ出た、とても厳しく強い言葉だった。
アランがどういう想いを込めて発言したのかを思うと、嬉しさで胸の奥が締め付けられる。
ノーチェ殿下は精霊魔法の研究をなさっている方だから、精霊女王に対し、崇拝に近い気持ちをお持ちなのかもしれないわ。
ならばきちんとお伝えしなければ。
私は深く頭を下げて、ノーチェ殿下にお願いをした。
「恐れながら、殿下。アラン殿下の仰るとおり、どうか私にはエヴァ・フォン・クロージックとして接して頂きたく存じます」
「しかし……」
「もうこれ以上、前世に振り回されたくないんだよ、兄さん。俺もエヴァもこの時代に生きる人間だ」
それでも食い下がろうとなさらない殿下に、アランが少しだけ寂しそうに言うと、殿下は僅かに目を瞠った。
でもすぐさま表情を改められると、軽く息を吐き出し、
「すまなかったよ、二人とも。精霊に関わることになるとつい熱くなってしまってね」
と苦笑いをしながら、ご自身の席に着かれた。
よかった、分かって頂けて。
ホッとしながら、私はマリアが引いてくれた座席に腰をかけた。私の右手――元々私が座る予定だった座席――には、アランが座る。
私が座った左手には、壮年でありながらも体格の良い男性が座っていた。
頬に古い傷があり、体格と言い傷と言い、何というか……圧が凄い。だけどこちらが会釈をすると、私に返すには丁寧すぎる深々としたお辞儀が返ってきた。
椅子を引いてくれたマリアは、私の後ろに立っている。
本来はこの場にいることを許されない立場の彼女だけれど、すべてを知っているという理由で、私の護衛として同席が許されている。
ちらっと彼女に視線を送ると、大丈夫だと安心させるように、僅かに微笑みを返してくれた。彼女の心遣いが、とても温かい。
部屋の空気がピリッとした緊張感で満たされる。
ノーチェ殿下の表情が一変し、鋭い視線を皆に向けたからだ。
真剣な表情と纏う雰囲気は、イグニス陛下にとても似ていらっしゃるわ。元々優しげなお顔立ちだから、その変化に驚かされてしまう。
「ではさっそくだが、バルバーリ王国との開戦について、会議を始めたいと思う」
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