第119話 ルヴァン王の物語

「ルヴァンが、行方不明になったエルフィーランジュを見つけ出したのは……彼女と娘のティオナの行方が分からなくなってから、丁度二年経った頃だったよ」


 ベッド脇の椅子に腰掛けたアランの口から彼の前世が――ルヴァン王の物語が始まった。

 

 妻子が行方不明だと知らせを受けたルヴァン王は、すぐさま行方を捜索した。


 別邸に向かう際に通っていたであろう道に、襲撃を受けた痕跡が残っていたけれど、王妃と王女を守っていた者たちの遺体はどこにもなく、襲撃者の手かがりも見つからなかった。


 ルヴァン王は二人の行方を捜し続けたけれど、ここで一つ問題が起こる。


 二人が行方不明になったことは、ほんの一部の人間しか知らされておらず、理由を知らない人々が、長きに渡る王妃と王女の不在を不審に思うようになったのだ。

 

 バルバーリ王国の精霊狩りによって滅びそうになった国が、せっかく祝賀祭を行うまで安定したのに、王妃と王女が行方不明になったと明かせば、王家の信頼は失墜する。

 

 ルヴァン王は、二人が病にかかったという嘘の発表を行い、療養のために王都を離れているのだと説明した。


 王妃と王女の容体を心配する声は上がったけれど、お陰で大きな混乱は避けられたみたい。


 だけどルヴァン王の心は、愛する家族を失った悲しみと怒り、二人が生きているかという不安と恐怖によって蝕まれていく。とうとう心労が体調にも表れ、彼の代わりを弟君が務めることが多くなっていった。 


 エルフィーランジュとティオナが行方不明になってから一年後。


 二人が襲撃された際に殺されたと思われる騎士の遺体が見つかったことで、停滞していた状況が一変する。


 遺体はすでに白骨化していたけれど、精霊魔法による攻撃を受けていたことが判明したらしい。


 通常、人を傷つける魔法なんかに精霊は力を貸さない。

 自衛のためなら力を貸してくれるけれど、そうなると死亡した騎士は、誰かを攻撃し、相手から精霊魔法で反撃されたことで死亡したことになってしまう。


 フォレスティ王妃の護衛である彼が、そんなことをするわけがない。

 となると、可能性は一つ――

 

「霊具とギアスによるバルバーリ式の精霊魔法だと、気付いたのね?」

「ああ」


 アランが軽く下唇を噛みながら頷いた。


 エルフィーランジュだった前世の記憶が、恐怖とともに蘇る。

 血塗れの護衛の遺体が脳裏を過り、思わず迸りそうになった悲鳴を、胸元の服を強く握ることで押し止めた。


 そんな私の手を、アランが包み込むように触れる。


「ごめん、襲われた当時のこと、思い出させてしまって……配慮が足りなかった」


 首を横に振って平気だと伝えるけれど、指先の震えが止まらない。


 だけど重なり合ったアランの指が、そっと私の指と絡み合う。彼の温もりが、私の感じている恐怖が過去のものだとを言葉なく伝えてくれる。


 何も恐れることはないのだと――


「このまま手を……握っていてもらってていい?」

「……もちろん」


 私の気持ちに応えるように、アランの手に力がこもった。手から伝わってくる彼の想いに、恐怖で押しつぶされそうだった心がフッと軽くなる。


 手の震えは止まっていた。


 私はもう――大丈夫。


 そう目で伝えると、アランが止まっていた物語を再開した。


 エルフィーランジュとティオナを攫った者が、バルバーリ式の精霊魔法を使ったのだと判明した。


 その際、ルヴァン王が真っ先に思い浮かべたのはソルマン王だったらしい。


「でも何故すぐに分かったの? バルバーリ人なら誰もが犯人の可能性があるのに」

「祝賀祭のとき、ソルマンがエルフィーランジュをずっと見ていたのを覚えてる?」

「ええ、覚えてる。確かルヴァン王は、そんなソルマン王の様子が気に食わないって怒っていたわ」

「ああ、気に食わなかった。冷静でいられるわけがなかった。だってあの男の目は――」 


 ギリッと奥歯を噛みしめる音がした。


「エルフィーランジュを【女】として見ていたから」


 背筋に悪寒が走った。

 思わずアランの手を放し、自身の両肩を抱いたけれど、蘇った震えは止まらない。


 あのとき、エルフィーランジュは何をした?

 ソルマン王が、自身を異性として特別な感情を抱いている中、何を、した?


「エヴァ?」

「わた……し、わたしっ! そうとも知らず、ソルマン王に笑いかけたの! フォレスティ王国とバルバーリ王国の仲がこじれないようにって! それが、ソルマン王を勘違いさせてしまったのかもしれない……」


 初めてソルマン王に笑いかけたのは、彼と初めて会ったとき。

 膨大なオドの量に恐怖し、それを感情に出さないように笑いかけた。


 次は、私を見るソルマン王の視線に、ルヴァンが不快感を露わにしたとき。

 それを相手に気付かせたくなくて笑いかけた。


『初めてお前と出会ったあの日、余は確信したのだ。お前こそが余と結ばれる相手なのだと。お前もそう思ったからこそ、余に笑いかけたのだろう?』


 リズリー殿下に憑依したソルマン王の言葉が蘇る。


 私の笑顔が、家族を引き裂く悲劇の引き金になるなんて――


 やっぱり私のせいなんだわ。

 私が、余計な気を回さなければ……


 あの男に笑いかけなければっ‼


「悪いのは全てあの男だ。それを間違えては駄目だ」


 アランの両手が私の肩を強く揺さぶった。強い意志をもった青い瞳が視界に映り込む。


「国賓を迎えるために、笑顔を浮かべているなんて普通のことだ。だからあのとき、君がした行動は何一つ間違っていない。そもそもあの場で向けられた笑顔に対し、特別な感情が入っているなんて、普通は誰も勘違いしない。だから、これ以上自分を責めないで……」


 アランは身を乗り出すと、私を抱きしめた。


 激しい後悔に身を震わせる私の心に、優しい声色が染みこんでいく。

 その優しさが嬉しくて、苦しくて、私はアランの背中に手を回すと、強く抱きしめ返した。


 触れあう身体から伝わってくる彼の鼓動を聞いていると、心が少しずつ落ち着きを取り戻していく。


 確かに、アランの言うとおりだわ。


 百歩譲ってよ?

 笑いかけてくれた隣国の王妃に恋慕の情を抱いたとしても、普通は誘拐なんてしない。


 だけど――ソルマン王は普通じゃなかった。

 隣国に侵入してフォレスティ兵達を殺し、オドの急激な減少によって命を危険に晒しながらも、彼女を攫った。


 ソルマン王がエルフィーランジュに抱く気持ちの異常性が、浮き彫りになる。


 私が落ち着いたことに気付いたアランが動いた。丁度、ベッドから身を起こしている私の膝辺りに腰掛けると、互いの視線が合うように少し体勢を斜めに向けた。


 彼の手が伸び、互いの指が再び絡み合う。


「二人を攫ったのはソルマンだと、ルヴァンは確信していた。でも証拠もなしにバルバーリ王国に問い詰めても、相手にされないことは分かっていたし、何より、報告をただ待ち続ける日々に疲れていたんだ。だから……自らの手で調べることにしたんだ」


 決意したルヴァン王は、ずっと代理を務めてくれていた弟に王位を譲り、バルバーリ王国へ旅立ったのだという。


 たくさん反対されたけれど、押し切ったらしい。


 アラン自身も、王位継承権を捨ててバルバーリ王国にやってきたんだったわ。彼の意志の固さは、前世からなのかも。


「ルヴァンは、バルバーリ城に商品を卸す商人として身分を偽り、城内で働く者たちから情報を収集し続けたんだ」

 

 結果、とある女性の世話していた青年が、ソルマン王の怒りを買って殺されたという話を聞き出すことに成功する。


 ルヴァン王は、殺された青年が世話をしていた女性こそがエルフィーランジュであると確信していた。


 だけど彼女は、すでに城にはいなかった。

 療養という理由でどこかに移された後だったらしく、どこに移されたのかまでは分からなかったらしい。


「とはいえ、エルフィーランジュがバルバーリ王国にいることは間違いない。彼女を移した理由が療養なら、きっとあの男が所有する別邸の中で静かな場所だと思ったんだ。それからは、ひたすらあの男が所有する別邸をしらみつぶしに当たっていったよ。そして、最後の別邸に続いている川沿いを歩いているときに――」

「私を――エルフィーランジュを、見つけたのね?」


 言葉の続きを口にすると、アランは悲しそうに頷いた。


「……ああ、そうだよ」

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