第103話 盟約の理由

「全て……全てお前のせいだろう‼ お前が……お前が彼女を奪わなければ……彼女があんな無残な最期を遂げることなどなかった‼」


 瞳を見開いているのに顔は無表情だ。怒りが限界を超えたせいで、それに伴う表情が作れずにいるみたい。


 それなのに彼の口から飛び出す言葉は激情で満ち、聞く者の心を貫くような激しさと、触れれば引き裂かれるような鋭利さがあった。


 だけど、


「貴様がエルフィーランジュをその手にかけた、という最期をか?」

「っ‼」


 殿下の言葉に、アランは言葉を詰まらせる。


 ここで今まで無表情だった彼の顔に、感情らしきものが表れていた。凄く苦しそうにリズリー殿下から視線を落とすと下唇を噛みしめている。

 私を抱きしめる腕から、再び震えが伝わってきた。


(リズリー殿下――いえ、ソルマン王が精霊女王を奪った? アランが精霊女王を殺した? どういうこと、なの?)


 まるで人が変わってしまったリズリー殿下に恐怖しながらも、耳に入ってくる二人の会話を理解しようと必死だった。


 二人が、三百年前にフォレスティの地を救った精霊女王の話をしていることは間違いない。

 だけどその内容は、巷で語り継がれているものじゃない。


 精霊女王は病で死んでいたはず。

 一人娘と一緒に――


 でも私の心の奥底にあるなにかが、強く反応を見せている。語り継がれている話とは全く違うのに、二人の会話が正しいことを受け入れている自分がいる。


 そう……私は、

 エルフィーランジュは、


 ――病死じゃない。


 閉じられた視界の中で感じられるのは、首元を包み込む冷たい手の感覚。


 それはずっと震えながらも、少しずつ力が込められていって。

 息ができなくなる苦しさを感じながら、耳の奥で鳴り響くあの人の嗚咽と後悔と懺悔の言葉を聞き続けていた。


 最期の一瞬まで――


 あれ?

 この記憶は……


「さあ、エルフィーランジュ。余とともにバルバーリ王国へ戻ろう。お前を救ってやる、今度こそな」


 恐怖と困惑、疑問で頭がいっぱいになっている私に向かって、リズリー殿下が手を差し伸べながら、足音も立てずにゆっくりと近付いてきた。


 差し伸べられた手を見た途端に、頭の中が強烈な恐怖一色に染まった。身体が強ばり、思わずアランの服にしがみついてしまう。


 拒絶の姿勢を態度で見せる私を見た殿下の表情に、小さな困惑が浮かぶ。


「何故拒絶する? 三百年前も余に救いを求めたではないか」

「……救い?」

「ああ、そうだ」


 そう言ったリズリー殿下の瞳が、懐かしそうに細められる。


「初めてお前と出会ったあの日、余は確信したのだ。お前こそが余と結ばれる相手なのだと。お前もそう思ったからこそ、余に笑いかけたのだろう? だからお前をフォレスティ王国から連れ出し、あの男から救ってやったのだ。お前の子とともにな」


 リズリー殿下が呼ぶ『お前』とは、私ではなく三百年前に存在したエルフィーランジュのこと。


 ならこの発言が意味する真実とは。

 エルフィーランジュとその娘は病死じゃなくリズリー殿下――いえソルマン王に……


 私もアランも、言葉を発することが出来なかった。

 アランに至っては、額から一筋の汗が流れ落ちている。


「それなのにお前は決して余に身を委ねず、愛し合うことも叶わなかった。それがずっと不思議だったがお前の死後、ようやくその解を得た。もうすでにその男に穢された自分を、余に捧げたく無かったから拒み続けたのだと」


 唇に笑みを湛えながら語る殿下の足が止まった。


「だから待つことにしたのだ。いずれバルバーリ王国の精霊が尽きたそのとき、お前が精霊女王として新たに生を受け、クロージック家に生まれ落ちるその日まで」


 心臓の鼓動が大きく跳ねた。


 クロージック家とバルバーリ王家が盟約を結んだ理由は、いずれクロージック家に生まれるとされていた精霊女王の力を、王家が得るためだと思っていた。


 だけど疑問もあった。

 何故精霊女王などという存在を、バルバーリ王国の根底に置こうとしたのかと。


 リズリー殿下にもお伝えしたけれど、たった一人の存在によって、簡単に国の未来が左右されるなんて間違っているのだから。


 百歩譲って、盟約を結んだ理由が曖昧になり、様々な理由で失われた今は仕方ないとしても、その当時、私が失われることで国が衰退する恐れがあることに、盟約を結ぼうとしていた当時の人々が気付かなかったはずはない。


 だけど、そもそもソルマン王がクロージック家と王家に盟約を結ばせた理由が、精霊女王の力を得るためではなかったら?


「そ、それが本当なら……バルバーリ王家とクロージック家が結んでいた盟約の本当の理由は……」


 精霊女王の力を、バルバーリ王国が独占するためではなく――


「今度こそお前と結ばれ、ともにバルバーリ王国を治めるためだ」


 そう語るリズリー殿下の表情に、一切の曇りも迷いもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る