第41話 精霊を視る目

「四大元素を司る精霊に、上位と下位という位があることは分かりました。それじゃあ、大精霊はどういうものなのですか?」


 ルドルフの件の衝撃を若干引きずりながらも、私は手を挙げながら、引っかかった疑問を口にした。目を細めたカレイドス先生が、白墨板に書かれた大精霊という文字の部分に、大きく丸をつける。


「光と闇の精霊が、大精霊という階級に属しています。大精霊は特殊で、人間と契約して力を貸して貰うことは出来ません」


 そう言って先生は、視線を私の後ろに向けた。先生につられ、私も振り返って視線の先を見る。

 そこには、


「精霊女王像……?」


 長い髪をたなびかせ、広げた両手に黒と透明の球体を持った、銀色の女性像があった。

 精霊宮で見たものよりもずっとずっと小さいけれど、祭壇に祀られた像の周りには、色とりどりの花が生けられている。


 崇められ、大切にされている証拠だ。


 私の呟きを聞いた先生が、意外そうに目を見張った。


「バルバーリ王国ご出身だとお聞きしていたので、精霊女王についてはご存じないと思っていましたが……。大精霊の役目は、精霊女王の守護と彼女の意思や願いを、上位・下位精霊に伝え、叶えることだと言われています」


 先生が仰るには、精霊女王像がもつ黒と透明の球体は、彼女を守護する光と闇の精霊を表現しているのだという。


「つまり、大精霊の契約者は精霊女王様のみ、ということですね?」

「契約者というよりは、創造主――母的な存在ですね。母を守り、期待や願いに応えたいと思うのは、人間も精霊も一緒ということです」


 白墨板に精霊女王という文字を書き足すと、大精霊と精霊女王の間に線を引き、『守護』『母』という言葉を書き足しながら、先生は笑った。


 精霊女王のお話もして下さったけれど、こちらはアランから教えて貰った内容と大差なかった。

 バルバーリ王国のソルマン王によって、精霊が狩られた話を憤りながらされると、


「でも精霊女王が現れたことで、フォレスティ王国内は精霊で満たされ、自然が蘇ったわけです」


 と、話を締めくくった。


 先生的には、ここで精霊女王の話を終わらせるつもりだったのだろう。だけど私は、フォレスティ王国を救った救世主のその先を知っている。


「だけど数年後、精霊女王は亡くなられたんですよね」


 私の言葉を聞き、カレイドス先生が片眉をあげた。そこまで知っているのかと、表情が言葉もなく語っている。


「ええ、彼女が産んだ一人娘とともに病で亡くなったと、そう伝えられています」

「……え? 娘?」


 あれ? そのこと、私知らない。


 新事実を聞かされ、驚きの声を上げる私に先生は、少し前屈みになりながら声を潜める。


「フォレスティ王国初代国王ルヴァンの妻が、精霊女王エルフィーランジュなのです。当時は、彼女が精霊女王ということは伏せられていたようですが。ルヴァンとエルフィーランジュのご結婚後、王女がお生まれになりました。しかし一年後、王妃と王女が病に冒され、二人が民衆の前に姿を現すことはなくなったそうです。そしてその数年後、お亡くなりになったことが国民に伝えられたと言われています。フォレスティ王国全体が、深い悲しみに包まれたのだとか……」


 知らなかった。

 そんな悲劇が、この国の歴史の影に隠れていたなんて……愛する妻子が亡くなったから、ルヴァン王は若くして亡くなったのかもしれない。


 精霊女王様と初代国王様が夫婦だったこと、そして二人の間に子どもがいたことを、アランは教えてくれなかった。


 私もこの国に住むのだから、教えてくれても良かったのに……。

 自国の悲しい歴史を知られたくないという彼の心遣いからくるのかもなのかしら。


 そう寂しく思うと同時に、何故か心の奥がざわざわした。


 カレイドス先生が、暗くなった場の雰囲気を切り替えるように、パンッと軽く手を叩く。


「話が少し逸れてしまいましたが、精霊の種類や階級については、以上になります。何か他にご質問はありますか?」


 教壇に手を付き、少し前のめりになったカレイドス先生の瞳は、さあ、何でも聞いてくれ、という自信で満ちあふれていた。聞かれること、答えることがとても好きみたい。


 私は少し考えると、始めの方にあった小さな引っかかりについて質問した。


「そう言えば先生は始め、精霊は、一部の人間を除き、人の目に視えない存在、だと仰っていました。そういう言い方をされるということは、精霊を視ることが出来る人もいるってことでしょうか?」

「エヴァさんの仰るとおりです。この世界にはごく少数ですが、精霊を視る目をもつ者たちがいるのですよ。ちなみに私も、そのごく少数の一人になります」

「え? 先生は精霊を視ることが出来るのですか⁉」

「はい。だからその能力を買われ、王宮精霊魔術師として働いていたのです」

「……あ、そういえば、先生の肩書きって精霊魔術師でしたよね? ……ということは」

「ちゃんと教えたことが知識となってくれて嬉しいです。そう、私も上位精霊と契約しているのです。とは言っても一種類だけですから、四大元素の精霊全てと契約を果たした父の足下には及びませんけどね」


 ん?

 四大元素の精霊全てを契約した……父?


 え、ええ、ちょっと待って⁉

 まさかそれって……


「も、もしかして、カレイドス先生のお父さまって……」

「あ、ちゃんと自己紹介していませんでしたね。私の名前は、カレイドス・セイ・アンドレス。この国の大精霊魔術師であるルドルフ・セイ・アンドレスの息子です」

「ええええええ⁉」


 私は、素っ頓狂な声を上げてしまった。


 こ、こんなところで、ルドルフの息子さんに会えるなんて!

 せ、世間って、滅茶苦茶狭すぎませんか⁉

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