第40話 精霊魔法のお勉強

 元王宮精霊魔術師であるカレイドスさんの教室は、お店から少し歩いたところにあった。


 お店の店主さんが事情を説明してくれたので、すんなり教えてもらえることになった。ちなみに、私が負担する費用は無料。教えた人数分、フォレスティ王国が負担してくれるらしい。それもこれも国が、精霊魔法の普及と技術向上を目指しているからなのだとか。


 とはいえ、フォレスティ王国の精霊魔法は、親が子に教えるのが一般的。


 なので、ここに来る人はそれほど多くなく、私のようにどうしても精霊魔法が使えない人や、もっと精霊魔法を極めたい人、王宮精霊魔法士を目指す人などが通っていて、その他の空いている時間は、主に精霊魔法関係の仕事を請け負っているのだとか。


 案内された長テーブルの前には、壁に掛けられた大きな白墨版があり、その前には、人懐っこそうな笑顔を浮かべたカレイドス先生が立っている。


 歳は四十代後半。男性でありながらも、背中に流れる深緑の髪は、女である私ですら目を奪われるほど艶々している。前髪が眉上でパッツンと揃えて切られているため、目元の表情が良く見える。

 

 彼は、大きな琥珀色の瞳を細めると、白墨を持った手を腰に当てながら口を開いた。


「では、エヴァさん。精霊魔法のお勉強を始めましょうか。精霊魔法はコツさえ掴めば誰でも使える魔法ですから、安心してついて来てくださいね?」

「はい、よろしくお願いいたします!」


 不安を抱く心を解きほぐすような優しい言葉に、私は座ったまま大きく頭を下げた。


 こうして何かを学ぶなんて、何年振りかしら? お父様が生きていた頃に受けていた淑女教育なるものが、最後だったと思う。


 一応、リズリー殿下の婚約者ではあったけれど、妃教育なんてうけてこなかったものね。

 今思えば、無能力者である私を、王太子妃として表に出すつもりなどさらさら無かったのだろう。


 過去のことはいいわ。

 今は、勉強に集中しましょう。


「では始めに、精霊魔法の基礎知識について、お勉強していきましょう。今日はエヴァさんしかいませんから、分からなければいつでも質問してくださいね?」


 そう言って、カレイドス先生は私に背を向けて、白墨板に説明を書きだした。


 私のもっている精霊魔法の知識は、精霊はこの世界のあらゆる場所に存在して、自然が深く結びついていること、精霊魔法は、精霊から力を借りて発動するため、彼らに気に入られるように、できるだけ心の清廉を保つ必要があること、そして魔法を使うには、呪文が必要なこと。


 そのくらいだけども、もっと詳しい仕組みがあるのかしら?

 あまりにも生活に深く根付いた力だから、仕組みなど深く考えたことはなかったかもしれない。


「精霊は、一部の人間を除き、人の目に見えない存在です。しかし見えなくとも、今この場に存在しているのです」


 この言葉から始まった、カレイドス先生の精霊魔法授業。


 精霊は、彼らの生命力であるマナという力で豊かな自然を育み、マナで育まれた自然から発される気によって精霊は新たなマナを産み出す、という共存関係にあるらしい。


 基本的に精霊は不滅の存在だけど、自然が失われたり、ギアスと霊具を使った精霊魔法によってマナを奪われると、消滅してしまうのだという。


 そういえば、自然と精霊には深い関わりがあるって、アランが言っていたっけ。だから、フォレスティ王国は自然と文化が共存出来る国を目指しているんだって。


 その本当の意味が、分かった気がした。


 精霊魔法は、精霊から魔法に必要なマナを借りて発動する。その際、呪文を唱えるのは、魔法を発動するためのマナを貸して貰いたいという願いを、精霊に届けるためだ。

 私は知らなかったのだけれど、呪文を使って精霊に願いを届けるためには、人間の内に秘める力<オド>が必要になるらしい。


 まあ結局、マナを借りられるかどうかは、その人間が精霊に力を貸して貰えるほど気に入られるかが一番重要なのだけれど。


 この辺りは、概ね私でも知っている内容だ。

 知っていると、頷いて反応を見せる私に向かって、先生はニヤリと口角を上げた。


「ここまではエヴァさんも知っているみたいですね。でも、力を貸してくれる精霊に、種類や階級があることはご存じでしょうか?」

「え、階級……ですか?」


 初耳だわ。


 私の反応を見た先生は、嬉々として白墨板に板書を始める。


「実は、精霊の種類は一つではありません。精霊の種類は、四大元素と呼ばれる火・水・風・土、そして光と闇の大きく六つに分けられるのです。さらに、下位精霊、上位精霊、大精霊と三つの階級に分かれていると言われています」


 先生が言うには、四大元素を司る精霊には、下位精霊と上位精霊に分かれていて、一般の人が使う精霊魔法は、下位精霊の力を借りているらしい。

 そう聞くと、湧いてくる疑問はこれになる。


「上位精霊以上の力は使えないのですか?」


 私の質問など、予想通りだったのだろう。先生は親指を左右に振ると、チッチッと舌を鳴らした。


「上位精霊は、契約を結ぶことで力を貸してくれるようになります。しかし上位精霊は、よほど気に入った人でないと契約を結んでくれないため、契約出来る人間は稀です。もし契約を結べれば、常時傍に居て、下位精霊以上の力を貸してくれます。上位精霊と契約を結んだ精霊魔法士は、フォレスティ王国では、<精霊魔術師>と呼ばれていますね」


「凄いですね! どうやったら、契約を結べるんですか?」


「精霊側から働きかけがあるんですよ。強い精神力があれば、上位精霊のお眼鏡に適いやすいと言われていますが、その辺はぶっちゃけ、精霊の好みみたいですけどね」


「ちなみに、上位精霊と契約出来た人っていらっしゃるんですか?」


「ええ、いますよ。最も有名なのがこの国の大精霊魔術師である、ルドルフ・セイ・アンドレスですね。一体でも契約が難しい上位精霊にもかかわらず、彼は四大元素の上位精霊全てと契約を結んでいますからね」


「へぇぇ……」


 ま、まさか……ルドルフがそんな凄い人だったなんて……


 情けない間の抜けた声が出てしまった。


 彼はフォレスティ王国最高位である大精霊魔術師であり、王宮精霊魔法士長とかいう、とても凄い肩書きを持っていたけれど、これも全て、四大元素を司る上位精霊と契約を結んでいたからなのね。


 そういえば、通常なら血を止めるくらいしか出来ない<ヒール>の魔法で、アランの傷を完全に癒やしていたのを思い出した。あれはきっと、上位精霊の力を借りていたんだわ。


 庭師としてのんびり草木を愛でていた穏やかなお爺ちゃんの姿を、そして、髪の毛を整えただけでキラッキラな美青年になってしまったアランの姿を思い出しながら、人って見かけで判断しては駄目なのだと、つくづく思い知らされていた。

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