第24話 マリアとルドルフの懸念(第三者視点)

「……はっ!」


 ルドルフと一緒に、別の馬車で移動していたマリアが、ガバッと顔を上げて少し腰を浮かせた。うつむき、うつらうつらしていたルドルフが、何事かと目を覚ます。


「どうした、マリア?」

「アラン様たちが乗っていらっしゃる馬車から、何かもの凄く歯痒い空気を感じましたもので……」

「……まあ、いつものことじゃ」


 苦笑いをしながら、ルドルフは斜め後ろを走るアランたちの馬車を窓から見つめた。

 本来、マリアは優秀ではあるが、ルドルフよりもずっと下の立場である諜報員。馬に乗って騎士や兵士たちと護衛に回る立場であるのだが、アランとルドルフの口利きによって、護衛としてこの馬車に乗っている。


 マリアは浮かせた腰を下ろすと、深く座席に座った。


 向こうの馬車で何が起こっているかは分からないが、また変な気持ちのすれ違いが起こっているのだと思うと、とにかく歯痒くて堪らない。


 お互いが好きなのは、第三者の目から見てもバレバレなのに、本人たちがこうも鈍いとは……

 悲劇としか言いようがない。


 とはいえ、ルドルフの言う通り、二人の気持ちがすれ違っているのはいつものこと。


 ハァっと大きく息を吐くと、マリアは表情を引き締めた。


「……アラン様は、エヴァちゃんに全てをお話されるおつもりなのでしょうか?」

「そうせねば……ならん事態になるじゃろうな。お前さんの報告を聞く限りじゃとな」

「報告……バルバーリ王国前王妃であるメルトアの件ですね?」


 ルドルフの言葉を聞き、マリアは顔を顰めた。


 バルバーリ王国前王妃、リズリーの祖母であるメルトア・アーリン・ド・バルバーリ。

 三百年前の盟約を守る必要が今さらあるのかと、エヴァとリズリーの婚約に乗り気で無かった王家に、強く推したのが彼女だと、マリアが独自で行った調査で分かっている。


 つまりメルトアは、盟約の理由、エヴァの真の力を知っているのだろう、とルドルフは睨んでいるのだ。


 今回の婚約破棄は、メルトアが他国に出て不在のときに行われた。

 ということは、


「もしメルトア前王妃がバルバーリ王国に戻ってきたとき……あの無知な息子と愚かな孫に真実を告げ、エヴァちゃんを取り戻そうと動き出すかもしれない、ということですね」

「そういうことじゃ。付いていったわしらの出身地を洗われれば、行き先などすぐに割れる。ましてやバルバーリ王国とフォレスティ王国には、因縁があるからな。恐らくこれからが……正念場じゃろう」


 ルドルフの表情が険しくなった。


「エヴァ嬢ちゃんの存在は……バルバーリ王国の存続にも関わる。もうすでに、その片鱗が見えてきているようじゃが」

「精霊魔法が使えなくなったり、魔法を発動しても効果が発揮できていない件ですね?」

「それだけではない。自然の恵みにも、影響が出ているようじゃ。全てを知れば、相手は必死でエヴァ嬢ちゃんを、奪い返しにくるじゃろう」


 最悪、戦争に発展する可能性もある。


 言葉にはしなかったが、憂いを帯びた瞳がそう物語っていた。


「……エヴァちゃんに、私たちができることはあるのでしょうか?」


 両手を膝の上で強く握りながら、マリアが尋ねる。

 

 エヴァは、長い間、クロージック家で辛い生活を送っていた。それなのに、彼女は常に前を向き、明るく強くあろうとしていた。

 自分の未来が暗いものだと分かっても、その小さな身体で、必死に抗おうとした。


 面前で婚約破棄をされ、追放されたのに、また身勝手な理由で、彼女を振り回そうというのか。


 馬車の中で、辛かった日々を思って泣くエヴァを思いだし、マリアは奥歯を強く噛みしめた。

 妹のように大切に思っている彼女には、もう苦しんだり悲しんだりして欲しくない。


 マリアの言葉に、ルドルフは優しく微笑んだ。


「わしらにできるのは、せいぜい、フォレスティ王国でのエヴァ嬢ちゃんの暮らしが、楽しく幸せであるように努めることぐらいじゃ。ずっとこの国に住みたいと、強く願ってくれるようにな」


 言葉を切ると、ルドルフはアランたちのいる馬車に視線を向けた。

 そして、マリアに聞こえない程の小さな声で、呟いた。


「後のことは……精霊女王エルフィーランジュのみぞ知る……じゃ」

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