第23話 今度こそ幸せに(第三者視点)
(はぁぁー……俺ってやつは……)
アランは窓から外を見ながら、心の中で酷く後悔していた。
エヴァが自分の素性を知り、どこか怯えたように接してくるのが、もの酷くショックだった。せっかく名前を呼び合う関係になれ、必死でアプローチをかけていた努力が、一瞬にして無駄、いや、寧ろ悪い状況になった気がした。
彼女のことだ。
王子である自分を、使用人として使っていたことをに対し、お咎めがあるのでは、と思ったのだろう。ただでさえ架空の不敬罪で、バルバーリ王国を追放された身。不安になるのは仕方ない。
必死で、態度を変えて欲しくないと告げ、何とか元の関係は死守できた……のだが、
(だからって……何であそこでエヴァのことを『大切な友人』って言ってしまったんだ、俺は……)
このヘタレめ! 根性ナシめっ‼
心の中で頭をポカポカ殴りつつも、しかし、と別の心が言い訳を始める。
あの時のエヴァは、自分が王子であることを知って、恐れを抱いていた。ただのアランとして接すると言ってくれても、抱いた恐れはすぐには消えないだろう。
そんな状況で告白をすれば、保身のために不本意な了承をする可能性だってある。
権力を笠にエヴァを手に入れても、嬉しくない。
彼女とは、ちゃんとした愛情で結ばれたいのだ。
だからあの時、エヴァのことを『大切な友人』だと言った自分に、何一つ非はないのだと、むしろ彼女のことを考えた結果なのだと、決して絶好の告白のタイミングに尻込みしてヘタレたわけではないと、自分の心に無理矢理納得させた。
しかし、自分の発言に対するエヴァの返答を思い出し、胸の奥がズーンと重くなる。
『せっかくお友達になれたのに、素性を知って態度を変えられたら、私もきっと悲しい』
……お友達。
あの時は、ただのアランとして接してくれると言ってくれた喜びの方が勝って気にならなかった言葉だが、今はこれでもか、というくらい重くのしかかってくる。
色々頑張ったつもりなんだけどな、と、マリアが聞いたら、どこがですか? と突っ込まれそうなことを考えながら、特に印象的だったヌークルバ関所で夫婦のフリをしたことを思い出した。
元々、夫婦のフリなんてするつもりはなかった。
当初は、普通にエヴァ分の通行税を払って通過し、事前に連絡をとって待機していたフォレスティ王国からの迎えと、合流するつもりだったのに、
『ねえ、アラン。私に何かできること、あるかしら?』
この言葉で、予定が狂ってしまったのだ。
気を遣わないでいいと断ったら、何故か他の女性に誤解される発言だと咎められ、
そういう誤解をエヴァに受けるのは大歓迎だと心底告げたら、何故か揶揄わないでと怒られてしまい、
話を終わらせようとされたため、エヴァにして欲しいことを必死で考えていたら、思わず心の声が出てしまったのだ。
(それなら、俺と夫婦になって欲しい……なーんてな)
という本音が……
あの時、驚いた表情で固まってしまった彼女の姿が、忘れられない。
だから慌てて、フォレスティ王国出身者の配偶者は通行税がかからない、という制度を説明をしてごまかし、急遽新婚夫婦を演じることになったのだ。
とはいえ、それを理由に、手を繋ぐこともできた。
エヴァから、今、手を繋がなくてもいいのではないか、と聞かれたときは、絶対に手を離したくなくて一生懸命滅茶苦茶な言い訳をしまくった。幸いにも、彼女がすんなり納得してくれたが、相変わらずなエヴァの鈍感さにため息が出てしまう。
検問場でエヴァに色々と言ったが、全て本心からでた言葉。
演じてなどいない。
顔を真っ赤にし、言葉を失いながらも、自分の問いかけに何度も頷くエヴァの演技は真に迫っていて、フリだと分かっていても、悶絶しそうになるくらい可愛かった。
だが、
(そのせいで、エヴァがバルバーリの兵士に狙われることになるなんて……)
浮ついた気持ちがスッと冷め、浅はかだったと、激しい後悔が胸をつく。
大切な彼女を、中立地帯だったとはいえ、バルバーリの人間がうろつく場所に、置いていくなど一生の不覚だ。もう祖国が目の前だからと、警戒を怠ってしまったからだと思うと、過去の自分を絞め殺したくなる。
エヴァから詳しい話を聞いたとき、怒りの熱で理性が蒸発し、自分であって自分でないものの記憶に身体が支配された。兵士の髪を掴みあげながら話すときも、まるで別の自分が口を借りて話しているかのように思えた。
あの時、エヴァが後ろから抱きしめて止めなければ、遙か昔の記憶と感情に支配されるがままに、兵士を殺していたかもしれない。いや、殺さなくとも、エヴァに触れた汚らわしい両手を、切り落とすことぐらいはやってのけただろう。
それに相応しい罪を、あの男は犯したのだから。
(それにしても……相変わらず凄いな)
自分が部屋に飛び込んだとき、石壁に開いていた大きな穴を思い出す。
エヴァは、自分が精霊魔法で穴を開けたと思っているようだが、本当は違う。
もし助けが間に合わず、兵士があのまま彼女を汚す行為を続けていたのなら、壁に空いていた大穴が、あの男の身体にも空いていた可能性は十分にあった。
そういう意味では、奴は命拾いしたことになる。
改めて、エヴァのもつ力の強大さに、畏怖の念が湧き上がった。
(いつか……エヴァに話さないといけない。俺たちがクロージック家に潜り込んでいた理由や、エヴァ自身のことを)
エヴァには、生活が落ち着いてから説明するとは言ったが、本当は話したくはない。叶うなら彼女には、全てを知らないまま、ようやく得た自由を謳歌して欲しい。
フォレスティ王国で、いや自分の傍で死ぬまで笑顔でいて欲しい。
今度こそ、幸せに――
(でも、平穏に、というわけにはいかないんだろうな。エヴァの生活をまず整えないといけないし、バルバーリ王国の動きも気になる……だけど、今は……)
エヴァに気付かれないよう、窓に向けていた顔を微妙に動かし、座っている馬車のシートに視線だけを落とす。
丁度、彼女と自分の間、二人の心の距離を示すかのように空いた場所にある、それに――
(な、なな、な、何でエヴァは、俺の上着の裾に触れているんだ⁉)
たくさんの苦労を重ねてきた細い指が、上着の裾の端っこに触れている。
たまたま手を伸ばした先に、上着の裾があったのか、それとも、
彼女の意思なのか――
ならば、何故?
(も、もしかして……俺に……触れたい……から?)
そう思った瞬間、首筋から顎、耳たぶにかけて、熱が上がってきた。こういうとき、顔を隠すために伸ばしてきたボサボサの髪が、役に立つ。
(い、いやまさか……な。そ、そういえば、幼い子どもは、タオルとかをもって不安を紛らわせるって聞くけど……それと同じようなものか? 不安を紛らわせようと?)
新しい土地での生活がこれから始まるのだ。緊張しないわけがない。
馬鹿な期待を僅かにでもしたなと、大きくため息をついた。
しかし、どこか安心したように唇を緩ませているエヴァの表情を見ると、子どものタオル代わりでもいいか、という気持ちが湧き上がる。
例え服の裾であっても、彼女に安らぎを与えているのなら、それでいい。
上着に触れるエヴァの温もりを想像しながら、僅かに口角を上げると、アランはそっと視線を外に向けた。
エヴァの、アランに意識させる作戦は、彼女の知らないところで絶大な効果を発揮していたのだった。
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