第16話 ヌークルバ関所
セイリン村から出発し、太陽が真上に上がる頃、ヌークルバ関所に辿り着いた。
ここは、バルバーリ王国の国境にあたる場所で、ここを通り抜ければ、無事隣国フォレスティ王国領土内へと入ることができる。
関所というよりも、砦といった方がいいくらい、大きな建物だ。
一見、一つの砦に見えるけど、実はバルバーリ側とフォレスティ側の二つに分かれていて、中央に中立地帯とされる広場がある。
これは、バリバーリ側が検問した旅人が、本当にフォレスティにとって問題ないのかを、確認するためなんだとか。もちろん、逆も然り。
さすが国境の関所ということもあり、隣国に渡る人々の長蛇の列ができていた。
「じゃ、私とルドルフは馬車にのって、あちらの方に並ぶわね」
ヌークルバ関所に着くと、マリアが荷物の一部をアランに手渡しながら言った。一緒に関所を通るのかと思っていた私は、慌てて尋ねる。
「え? どうして? 皆で一緒に行かないの?」
「馬車の検問は、場所が違うのよ。荷物の確認とかもあるしね。多分、私たちの方が時間がかかるだろうから、エヴァちゃんはアランと一緒に先に行ってて? 確かバルバーリの検問場とフォレスティの検問場の間に、広場があったはずだから、そこで落ち合いましょう」
マリアの言う広場とは、中立地帯となっている中央広場のことだ。バルバーリとフォレスティの人たちが混じり合う、数少ない場所。セイリン村と同じように、色んなお店が建ち並び、旅人たちの憩いの場となっているらしい。
また新しい光景が見られるのかと思うと、ワクワクする。
でも問題は……
(あ、アランと二人きり……なのよね?)
こ、これって、ちょっとしたデートみたいなものじゃない⁉
そう思った瞬間、心拍数が急上昇した。身体もカッカ熱くなって、頬が妙に火照り出す。
し、鎮まれ、私の恋心っ‼
こんなのじゃ、アランに私の気持ちがバレちゃうっ‼
そんな私の耳元で、マリアがこそっと囁いた。
「ってことで、頑張んなさい、エヴァちゃん」
「ま、マリアっ⁉ もしかしてこのために、私をアランと一緒に行動させようと⁉」
「あははっ! ほんと、エヴァちゃんって可愛いー。顔真っ赤」
「ん、もうっ!」
恥ずかしすぎて頬を膨らませる私に向かって、マリアは全く堪えた様子なく、満面の笑顔を向けながら手を振り、ルドルフと一緒に馬車の検問場へと向かっていった。
遠ざかる馬車が、他の馬車の列に入るのを見送っていると、
「それじゃ……エヴァ。俺たちも行こうか」
荷物を背負ったアランが、にっこり笑って言った。
その言葉に頷き、肩を並べて歩きながら、ちらっと彼の方を見る。
青い瞳が、前髪の間からチラチラと見えている。いつも私を優しく見つめてくれる、綺麗な瞳。マリアの猫のように少しつり上がった大きな瞳を思うと、彼の瞳は少し細い。だけど切れ長というほど細いわけじゃない。細い鼻筋の下には、形の良い唇、そしてスッと尖った顎。
なのに黒い髪の毛はボサッと伸びてて、目元も前髪で隠れているから、顔全体の印象は地味で暗い。
マルティは、彼を根暗な使用人だと呼び、私にお似合いだと嘲笑っていたっけ。
だけど、私は知ってる。
アランの良さは、そんな見た目なんかじゃないってことを。
優しく、真面目で責任感も強い。
それに昔、私の心を救ってくれた彼の言葉は、ずっと私の中で生き続けている。
例え、主従関係と、私への哀れみからきた言葉だったとしても。
(私も……アランにしてあげられることがあればいいんだけれど……)
悩んでいても仕方ないわ。
こういう時は、直接本人に尋ねるのが一番。
「ねえ、アラン。私に何かできること、あるかしら?」
「え? いきなり何? ど、どういうこと?」
こちらに視線を向けるアランの表情は、少し困惑しているように見えた。
私は慌てて右手を振ると、彼が困るような大それたことを言っているつもりではないことを伝える。
「ほ、ほら、今までたくさん助けて貰ったし。何かあなたに恩返しできたらなーと思って。も、もちろん、今の私ができる範囲のことしか無理だけど……」
勢いの良いことを言ってみたけど、公爵令嬢じゃなくなった私にできることは、それほど多くないとを思うと、次第に声に強さがなくなっていった。
彼から視線を逸らし、指先を弄っていると、アランが小さく笑った気がした。
ポンッと、頭の上に大きな手が乗る。
「ありがとう、エヴァ。そんなこと、気にしなくて良いのに。これは、俺がしたいと思ってやっていることなんだから。見返りなんて求めてないよ」
まるで、私を助けてくれるのは、自分の意思だと言わんばかりの台詞に、心臓が破れんばかりに跳ね上がった。
「も、もうっ、アラン! その言い方は、誤解を与えるから気をつけた方が良いわ!」
「……誤解? どんな?」
「そ、それは……」
そう言って口ごもってしまう。
まるで、私のことを好きなのかと誤解してしまう、なんて言えるわけがない。
心を落ち着かせるため、一つ咳払いをすると、あくまで一般論として理由を口にする。
「わ、私はアランと長い付き合いだから分かっているけれど、あなたのことを知らない女の人に同じようなことを言ったら、相手に好意を抱いていると、勘違いされても仕方ない発言よ、今のは」
「ふぅん……」
私の言葉を聞き、アランが瞳を細めた。口角も上がり、どこか嬉しそうな表情を浮かべている。そして立ち止まると、こちらの顔を覗き込んできた。
「そういう誤解をエヴァにされるのは、大歓迎だけどな」
「にゃっ⁉」
な、って言おうと思ったのに、あまりにも衝撃的な発言に、上手く発音ができなかった。情けない声を発して、目を丸くしている私に、アランの悪戯っ子のような笑みが向けられた。
それを見て、完全に揶揄われているのを悟る。
「も、もうっ! アランの意地悪! 私を揶揄わないでっ‼」
「別に意地悪してるつもりはないんだけど……」
「もういいですっ! この話はおしまいね!」
「ご、ごめん、ごめんって、エヴァ!」
これ以上アランの意地悪に付き合ってたら、心臓がもたない。
強制的に話を終わらせようとすると、アランが慌てて謝ってきた。そして、表情を改めて、私の正面に立った。
「えっと、俺がエヴァに何かして欲しいことはないかって話だったよな?」
「ええ、そうよ」
「それなら――」
ここでアランは少し口ごもると、僅かに頬を赤らめて言った。
「俺と夫婦になって?」
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