第15話 謎の<祝福>の出所は

 太陽が差し込む光で、私は目を覚ました。


 ふと、昨日の夢を思い出す。

 一体何だったのだろう、あの夢。私の妄想にしては、妙に現実味のある声だったけど。


 だけど、普通の使用人であるアランたちが野犬討伐をしたり、マリアがアランとルドルフに対して『様』つけするなんて、考えられないものね。

 そもそも、隣の部屋の声が聞こえるなんて現象自体、ありえないわけだし。


 もしかすると、マリアがアランの部屋に行ったこと自体も、夢なのかもしれない。こうして一晩ぐっすり眠ると、夜中にあったこと全てが、夢の出来事だったと思えるほど、ぼんやりとしてくる。


 ふと隣を見ると、マリアの姿はなかった。恐らく、もう先に起きて準備をしているのだろう。

 太陽の上がり具合を見る限り、私は寝坊しちゃったみたい。


 早く準備をしなくっちゃ!


 ささっと今日の旅の無事を祈ると、私は肌着の上に服を纏い、皆がいるであろう食堂へと向かった。

 食堂に着くと、予想通り、アランたちが先に席についていた。私に気づくと、口々に挨拶をしてくれる。


「おはよう、エヴァ」

「おはようエヴァちゃん」

「エヴァ嬢ちゃん、ゆっくり眠れたか?」

「皆おはよう。ええ、ゆっくり眠れたわ。寝坊しちゃって、ごめんなさい」

「いいのよ。私がエヴァちゃんを起こさないでって、言ったんだから。せっかく久々のベッドなんだから、ゆっくり休まないとね」

「ありがとう、マリア」


 マリアの心遣いが、とても嬉しい。

 私が席に着くと、アランが食事の注文を取ってくれた。


 今日は、昨日と同じ、温かいスープと卵を乗せた焼きたてのパン、そして果物。

 湯気が立っているのを見ているだけで、心が躍る。


 朝食を終えると、私たちは宿を出た。

 馬車に荷物を運び込んでいると、人々の明るい声が聞こえてきた。


「おい、野犬の群れだけど、あれ、討伐されたようだぞ?」

「本当か⁉」

「ああ。村長の家の前で、野犬の死骸がたくさんぶら下がっていたんだ。この村に立ち寄った旅人に腕の立つ者がいたらしく、退治して行ってくれたそうだ」

「すげえな! 野犬って一匹だけでも厄介な相手なのに、群れを退治してくれるなんて、余程精霊魔法が強いか、剣の腕に自信があるか、どちらかだな」


 ……あれ?


「野犬……退治されたんだ」


 思わず、心の声が口を衝いてしまった。隣にいたアランが、不思議そうに私を見る。


「どうした、エヴァ? 野犬が退治されて、嬉しくないの?」

「も、もちろん嬉しいわ! これでこの村の人たちも、安心ね」


 慌てて言い繕った。

 だって夢の話が現実になっているなんて言ったら、絶対に笑われるし、優しいアランが、野犬と戦う姿なんて想像できない。


 彼は私の言葉に、何故か嬉しそうに顔を綻ばせると、


「ああ、そうだな。エヴァの不安がなくなって、何よりだよ」

 

と笑った。

 その優しい笑みに、思わず目が吸い込まれる。


 その時、


「た、大変なのよ、あんたっ! は、畑が……畑が‼」


 悲鳴のような声とともに、昨日出会ったおばさんが、夫らしき男性の腕を引っ張って走って行くのが見えた。


 畑って確か、育ちが悪いとおばさんが悩んでいた、あの畑のことよね?

 もしかして、全部枯れてしまったんじゃ。


 不安を胸に、私たちはおばさんの後を追った。


 畑には、たくさんの人たちが集まっていた。皆、口々に、


「信じられない……」

「こ、これはどういうことだ」


と、目の前の光景について語っている。その声色から、畏怖のようなものが感じられた。

 先に辿り着いたおばさんが、畑を指さして叫ぶ。


「見てご覧、この光景を! 昨日蒔いた種が……もう実をつけているんだっ‼」


 おばさんが指さしたのは、昨日種を蒔いていた畑……のはずなんだけど、あれ?

 こんなに青々と、作物が覆い茂っていたかしら?


 ……んなわけがない!

 だって確かに、昨日おばさんが茶色い土の上に、種を蒔いているのをこの目でみたのだから‼


 ちらっと周囲の畑も見てみると、昨日は元気のない印象だった作物たちが、艶々している。そして同じように花を咲かせているもの、すでに実をつけているものもあった。


「まるで、<祝福ブレス>の精霊魔法をかけたみたい」


 マルティが畑に<祝福ブレス>|の精霊魔法をかけたときと同じ現象が、目の前の畑に起っていたのだ。

 ど、どういうことなの⁉


 私の呟きと驚きの表情を見たアランが、肩を掴んで軽く私の身体を揺すった。


「え、エヴァ? もしかして、昨日言ってた畑って、ここのこと?」

「う、うん……」


 種を蒔いていたおばさんと話したことは、昨日の夕食時にアランたちに話している。

 

「で、でも、昨日の時点でこんなことはなかったのよ? これって土地に栄養を与えて、作物の成長を促進させる精霊魔法が使われているのよね?」

「そうだと……思う……けど。あ、あのさ、エヴァは昨日この畑に、何かした?」

「何か? 別に何もしてないわ。おばさんと少しだけ世間話をしただけよ?」

「そうだよな? それ以外は何もしてないんだよな」

「ええ。帰る途中、作物が元気に育って、村中の人がお腹いっぱいになったらいいなって、祈りながら帰ってきただけ」

「……………………」

「え? どうしたの、アラン?」


 突然アランとの会話が途切れた。

 彼は目元を手で覆いながら、吐き出すため息の中に、あー……という声を混じらせている。


 その反応、まるで私が何かしでかして呆れているような……


 私の意識は、近くにいた村人たちの会話によって引き戻された。


「もしかして、野犬を討伐してくれた旅人が、畑にも精霊魔法をかけてくれたんじゃないか? きっと、クロージック家の聖女様のような優れた精霊魔法の使い手で、村を案じて祝福の魔法を残していってくださったんだよ」

「きっとそうだな! そういえば、昨日と今日と、精霊魔法の効果も増しているように思わないか?」

「ああ、それは俺も感じてた。以前のように力が使えるなって」

「これも、その旅人様のお陰だったりするのかな?」


 村人たちは、正体を明かさずに立ち去ったと思われる旅人に感謝している。


 本当にその旅人さんが、野犬を倒し畑に祝福の魔法をかけていったのなら、本当に凄い人だわ。

 この作物たちの実り具合を見る限り、マルティ以上の力を持ってる。


 その時、マリアとルドルフを乗せた馬車がやってきた。

 まだ興奮冷めやらぬ村人たちを尻目に、アランが私の服を引っ張る。


「……エヴァ、行こうか」

「うん!」


 アランに促され馬車に乗ると、青々と多い茂る畑とセイリン村を後にした。


 まあなにはともあれ、野犬被害の不安も、作物不調の不安もなくなったから、一安心ね。

 本当に良かった。


 ……そういえば、向こうの方で私たちを見ているお年寄りの夫婦が、深く頭を下げているのは何故かしら?

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