第7話 精霊魔法が使えなくなった日(第三者視点)

 ある時、偶然にもエヴァが傍にいる時、ギアスを使って精霊を封じ込めた霊具を使うと、今までにない力を発揮したのだ。

 

 ギアスを使う能力の優劣には個人差があり、ギアス発動の範囲や霊具に捕えられる精霊の量が変わってくる。そして、霊具に封じ込められた精霊の量によって、精霊魔法の効果の大きさが決まるのだ。


 理由は今でも分かっていないが、恐らく、エヴァが傍にいると、大量の精霊を霊具に封じ込めることができるのだろう。


 それを知ってからは、ギアスを使う際には必ずエヴァを傍に置いた。出かける際、必ずみすぼらしい格好をさせた姉を連れていくのには、彼女を笑いものにする以外に、そういう理由があった。


 だからこそ、王太子妃となった自分付きの侍女として、一生傍に置いておこうと思っていたのに。


(でも、まあいいわ。精霊を封じ込めた霊具は山ほど用意しているし。エヴァお姉様がいなくとも、私はこの国の聖女としてやっていけるはずわ。王妃ともなれば、今のように軽々しく精霊魔法を使う機会も減るだろうし)


 そう思うと、エヴァが思い通りに動かなかった苛立ちが治ってきた。夢中で唇に吸い付いているリズリーから少しだけ身体を離すと、可愛らしく小首を傾げて見せた。


「そう言えば殿下、ユグアナス伯爵夫人のネックレスをご覧になられましたか? 真っ赤な宝石がふんだんに使われていて、それはそれは綺麗でしたわ」

「そうか。なら今度、それ以上に素晴らしい物をプレゼントしよう。でも、君の美しさに比べたら、どんな宝石もくすんで見えるだろうがね」

「まぁ、嬉しい! ああ、マルティの全ては、貴方様のものです……」

 

 そう言って、マルティは自ら唇を繋げた。互いの舌が絡み合い、静けさの中に淫猥な音が響き渡る。


 その時、


「え?」

「な、何が起った⁉」


 突然辺りが真っ暗になり、二人は驚きの声を上げた。


 精霊魔法によって灯されていた城中の光が、ほとんど消えてしまったのだ。

 いや、城中ではない。


「で、殿下! 街の明かりも消えております!」


 マルティの震え声のとおり、目下に広がる王都ガイアスタの街から、光が失われていた。ついさっきまでは、夜を感じさせないほど、煌々とした明かりで満ちていたというのに。


 二人は衣服を整えると、混乱するホールへと戻った。


「は、早く、精霊魔法で明かりを灯せ!」

「だめです! 魔法が発動しません!」

「なら、ギアスをかけて精霊を霊具に封じろ!」

「先ほどから何度もギアスを発動しているのですが、やはり駄目です!」


 そんなやりとりが、兵士たちから上がっている。

 来賓たちは、ホールの隅に集められ、騎士たちが護衛をしていた。


「どうなっている……」


 リズリーは呆然とした表情で、走り回る人々を見つめていると、近衛騎士長が近づいてきた。


「殿下! ここにおられましたか!」

「一体何があった⁉ 何故城だけでなく、街の明かりが消えたんだ⁉」

「明かりだけではありません! 精霊魔法そのものが、使えなくなっているのです!」

「どういう意味だ!」

「霊具から精霊の力が引き出せなくなっているようです。まるで、精霊の力を全て引き出し、消滅したときのような……」

「なら、ギアスをかけ直し、新たに精霊を封じ込めればいいだろう!」

「そうはしているのですが、魔法が発動しないのです!」


 思わず声を荒げた近衛騎士長は、ハッと口を閉じると、慌てて跪いた。声を荒げた非礼を詫びているのだ。

 とにかく今は、言い合いをしている場合でも、彼の非礼を咎めている場合でもない。


 リズリーは、マルティの方を向いた。


「マルティ、光を頼む! 何が原因か分からないが、聖女と呼ばれる君の力なら……」

「わ、分かりました! 力に服従せし精霊よ、我が言葉に応え願いを具現化せよ<ライトボール>!」


 マルティは、自身の付き人から銀色の筒型の霊具を受け取ると、光の精霊魔法を発動させた。

 次の瞬間、闇に包まれていたホールに明かりが灯り、先ほどの輝きを取り戻した。


「さすがマルティ様だ! あの無能力者の姉とは大違いだな!」


 マルティの力を目の前で見た人々が、感嘆の声をあげた。辺りからパラパラと拍手の音が鳴り響き、それは次第に大きな音の塊となって、彼女の鼓膜を震わせた。


 隣にいるリズリーも、誇らしげにマルティを見つめている。

 

 皆に注目され、感謝される心地よさを感じていたが、


(でもどうして? こんな低レベルな精霊魔法、いつもならもっと明るい光を灯せるはずなのに……)


 どこか、精霊魔法の効果に不満を感じながら、マルティの胸中は得体の知れない不安でいっぱいになっていた。

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