第6話 婚約破棄後の夜会(第三者視点)
バルバーリ王国の城では、夜会が続いていた。
エヴァ・フォン・クロージックとの婚約が突然破棄され、その妹マルティが新たな婚約者になると公表された時は、皆が驚きざわめいた。
しかしエヴァが立ち去り、夜会が仕切り直されると、人々は口々に今回の婚約破棄は正しかったのだと言い合った。
なんせマルティは精霊魔法士として名高く、聖女とも呼ばれている。
そして姉であり元婚約者のエヴァは、精霊魔法どころかギアスすら使えない無能力者だった。ならば、どちらと結婚するのが国のためか、自分たち貴族のためになるか、考えずとも分かるだろう。
婚約破棄された姉とは違い、美しく、精霊魔法に優れたマルティこそ未来の国母に相応しい、殿下の判断は正しかったのだと、今回の婚約破棄を評価していた。
そんな皆の噂話を聞きながら、マルティは心の中でニンマリと笑った。
「ようやく君を、本当の婚約者に出来て嬉しいよ」
「ええ、私も本当に嬉しいですわ、殿下……」
こっそり夜会を抜け出し、人目の付かないバルコニーへやってきたリズリーが、微笑みながらマルティの肩を抱き寄せる。そして近くにあったベンチに座ると、大きく襟元の開いた首筋に唇を這わせ、ふんわりと広がったドレスの裾をたくし上げながら、スカートの中に手をいれた。彼の手が動く度に、マルティの唇から悩ましげな声が洩れ出る。
リズリーは、エヴァのことを好ましく思っていなかった。婚約者だからと身体を求めたとき、婚前交渉は嫌だと酷く突っぱねられたのだ。
妹とは違い、地味で芋くさい姉。さらに精霊魔法が使えない無能力者。
せめて身体だけでも愛してやろうと思ったのに、あの高慢な態度には腹が立った。だからその強情な性格を服従させるため、無理矢理迫ったのだが、突然部屋の花瓶が落ちて割れ、その隙に逃げられてしまった。
まるで罪人のように自分を睨みつけるエヴァの表情を思い出すと、今でも腹立たしい。
こんな女と結婚して、自分に何の得があるのかと、何度も両親に説明を求めたものだが、古き盟約だからと言われるだけだった。
盟約は今から三百年前、この国の王であり大精霊魔法士だったソルマンによって交わされたとされている。
だが長き年月が過ぎたため、何故ソルマンがクロージック家とそのような約束を交わしたのかの理由は、失われていた。
両親も、今更三百年前の盟約を果たす必要があるのか疑問を抱いているようだが、結局果たすことを選択したのは、未だに王家への影響力をもつリズリーの祖母メルトアの後押しだと言われている。
だからこそ、メルトアが他国に出かけている間に、この婚約破棄騒動を起こしたのだ。全てが終わり、エヴァがいなくなれば、どうしようもない。
あの祖母が何を言っても後の祭り。
(僕が王になる時には、父のように、余計な口出しなどさせるものか)
年老いても、王家の一員としての誇りと権力を失っていない祖母の顔を思い浮かべながら、リズリーは苦々しく思ったが、新たに婚約者となったマルティの肌に触れていく内に、そんな気持ちは情欲によって上書きされていった。
次第に大胆になっていく婚約者の手の動きを感じながらも、マルティはどこか心あらずだった。
あのあらゆる点で自分より劣る姉が、この国の王太子と結婚し、高い地位に君臨するなど許せなかった。秘密の盟約か何かは知らないが、聖女と呼ばれる自分の方が美しく、力もあるのだ。
姉の物は全て、自分に与えられるべき物。
だから、この身体を使って、リズリーを誘惑したのだ。
そしてエヴァを婚約者の座から引きずり下ろし、自分が婚約者の座を得た。
全てが計画通りだったというのに、
(……まさかあそこでエヴァお姉さまが、追放を選ぶなんて……)
全てを自分の思い通りにしてきたマルティにとって、エヴァの行動は予想外だった。
城を出る際に浮かべた姉の満面の笑みを思い出すと、歯ぎしりをしたい衝動に駆られる。
マルティはバルバーリ王国で最も優れた精霊魔法士だと言われ、一部では聖女とも呼ばれている。しかし、彼女の力には秘密があったのだ。
それは、ギアスを使って霊具に精霊を封じ込める際、必ずエヴァが傍にいなければならないということだった。
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