第2話 婚約破棄

「エヴァ・フォン・クロージック! お前は、精霊魔法を使えないことを王家に隠していたな! そんな無能力者との婚約を破棄だ! 代わりに、聖女マルティ・フォン・クロージックを妻として迎える!」


 私の婚約者であるリズリー・ティエリ・ド・バルバーリ様の怒声が、ホールに響き渡った。殿下の隣には、勝ち誇ったように寄り添う金髪の女性マルティ・フォン・クロージックの姿がある。

 私なんかよりも、美しく、華やかに着飾った義妹の姿が。


 婚約破棄されることは、知っていた。

 二人が恋仲であることも。


 クロージック家とバルバーリ王家には、古くからの盟約がある。

 精霊魔法が使えない女児が、クロージック家に産まれた場合、バルバーリ王家に嫁がせるという内容だ。随分昔に結ばれた約束らしく、この盟約のお蔭で、一介の貴族だったクロージック家は、公爵という爵位を与えられたのだと、亡くなったお父様から聞いた。


 そして、その精霊魔法が使えない女児というのが、私になる。


 ちなみに精霊魔法とは、この世界に存在する精霊の力を借りて発動する魔法のこと。特別なものじゃなく、生活の一部として広く皆に使われている力だ。

 そんなごく当たり前の力を、何故か私だけが使えずにいた。


 義妹は、私と違って優れた精霊魔法士。


 その力は奇跡と呼ばれる強く、枯れた畑を回復させたり、泉を浄化したり、怪我や病を治したりなど、様々なことができるため、巷では彼女を聖女と呼び、称えているけど、その加護を与える相手は、クロージック家に膨大な金や力を払う貴族だけだと思うと、何だかもにゃってしまう。


 元々クロージック家は、そんな強欲な家じゃなかった。

 堅実で誠実な家柄だったのに、欲深い叔父が家を継ぎ、義母さんと結婚したことから、全てが変わってしまった。


 ことの発端は、私の母であるマリーナ・フォン・クロージックが、私を出産後に亡くなってしまったことだった。

 父セリックは、私に母親がいないことを不憫に思い、カーサル伯爵家のサンドラという女性と再婚した。

 しかし父も、私が五歳の時に流行り病で亡くなり、クロージック家は叔父が後を継いだ。そして未亡人となったサンドラお義母さんと結婚してから、私の生活は一変した。


 守る者がいなくなった私の立場は、公爵令嬢でありながら、使用人と同じに落とされ、休みなく働かされることとなったのだ。


 叔父さんと義母さんの間にマルティが生まれてからは、私の存在などなかったかのように、彼女を溺愛した。私がもっていた物、私が将来持つべき物、全てがマルティに与えられた。

 私の手元に残ったのは、マルティのボロボロのお下がりや、落ちぶれた私を未だに公爵令嬢として大切にしてくれる、数少ない使用人たちから貰った品物だけ。


 まあ、両親からそんな扱いをされている私を、マルティも見下すようになるのは当然のことだと言えた。ワザと人が集まる所に私を連れて行き、見すぼらしい姿をネタにする。聖女として、精霊魔法が求められる場ですら連れて行った。


 私が少しでも同行を断ったり、約束の時間に遅れると、怒鳴りつけてくるのはよくあること。虫の居所が悪いと、物を投げつけたり手を上げてする。やり返しても良かったけど、私と親しくしているアランを筆頭とした使用人たちに迷惑がかかるかも知れないと思うと、それもできなかった。


 そんな妹と婚約者が密会しているのを見たのは、三十日前のことだ。

 屋敷の庭の影で、偶然二人がキスをしているのを目撃してしまったのだ。


「何故、僕の婚約者があんな無能力者のつまらない姉なんだ? 何故、これほどまでに美しく、聖女として素晴らしい力を持つ君じゃなかったんだろう」

「ああ……私もそう思います。殿下……愛しております」

「僕もだ、マルティ……」


と、悲劇の主人公ぶって愛を囁き合う二人の言葉を聞いたとき、鳥肌が立った。

 二人は、こちらが覗いていることにも気づかず、私を陥れるための作戦を立てていたの。


「それなら、お姉様が無能力者であることを王家に隠した罪で、婚約破棄をなさったらいかがでしょうか? 私が、姉の罪を償うために貴方様の妻となり、バリバーリ王家にこの力を捧げるとすれば、誰も異論はないのでしょう」

「素晴らしい案だ! 幸いにも、エヴァが無能力者だということも、古き盟約についても、他の者たちはほとんど知らないからな。だがエヴァが、盟約の件を誰かに伝える不安もある。婚約破棄後は、不敬罪でこの国から追放しよう」


 それを聞き、殿下の肩にしなだれかかっていたマルティが跳ね上がった。


「そ、それはあまりにも可哀想ですわ! ご心配なら、私付きの侍女として傍に置いておきましょう。それならば、下手な動きはできないでしょう」

「マルティ、君は聡しいだけでなく、優しいのだな。君がそう言うならそうしよう」


 ということで、私の婚約破棄後の進退は決まった。


 不敬罪として追放されるか、マルティの奴隷となるか。


 私の心は決まっていた。


 その日から、私は街にこっそり出て、必死でお金を貯めてきたのだ。

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