人を呪わば穴ふたつ

カフェ千世子

人を呪わば穴ふたつ

「呪ってやる……」

 小声ながら、はっきりと聞こえた。じっとりと下から見上げるようにねめつけられて、冷や汗が背中を伝う。


 些細ないさかいだった。軽く口論になって、彼女の発言を自分が一応上司の立場だったので、意識的に上から潰した。

 結果が、この発言である。


 彼女、小森さんは大人しい。容姿も、可もなく不可もなく、これといって目立つ方ではない。

 普段、社内では周囲から埋没するような薄い印象の存在である。


 髪は染めるでもなし、伸ばしたストレートをひとつに結んでいる。地味だ。


 その黒髪ストレートは、湿気を含むと変な癖が出るのか少しぼさっと見えることがあった。

 今日はそんな日だ。


 そのややぼさついて見える黒髪、下から睨み付けられた眼差し、呪ってやるの言葉、それらから連想されたのが、丑の刻参りだった。



 馬鹿げた妄想だと思うが、その印象が脳裏に焼き付いてしまった。彼女は絶対に丑の刻参りをやる、と。



 丑の刻参りといえば、真夜中に神社に通ってするものだ。それを七日間、誰にも見つからないと叶えられないという。


 これだ! と思った。七日間、見られてはいけないのなら、それを阻止すればいいのだ。彼女が呪う姿をこの目で焼き付ける。そうすれば、呪いは失敗する。



 その日から、私は小森さんを観察することにした。

 仕事終わり、帰宅する小森さんの後をつける。彼女が五寸釘などを買えば、確信に近づく。

 小森さんはショッピングセンターに寄った。

 やはり、と私は唾を飲む。彼女を見失わないよう、気づかれないよう、慎重について行く。


 彼女は、ゲームコーナーへ入っていった。そして、対戦ゲーム機に座る。

 なんだか、意外な趣味をしている。

 しばらく何戦か対戦したらしいが、最終的には負けたらしい。

「呪ってやる……」

 また、誰かを呪っていた。


 今度はクレーンゲームに挑戦していた。お目当ての景品が、なかなかとれないらしい。彼女は、とりやすくするために店員を呼んだ。

 しかし、気づいてもらえないのか、来てもらえなかった。

「呪ってやる……」

 今度は店員を呪っていた。


 小森さんは、コーヒーショップへと入った。なんとかフラペチーノを頼んでいた。

 甘いものが好きなのか、会社では見せることのない満面の笑みである。

 いざ、飲もうとしたとき男女二人連れがうっかり彼女とぶつかった。後ろから荷物をぶつけられて、はずみでなんとかフラペチーノが倒れる。

「呪ってやる……!」

 リア充めといった呟きも一緒に聞こえてきた。


 小森さんは食料品売り場へと行った。

 惣菜コーナーで長考している。かっと目を一瞬見開く。どれを買うか決めたらしい。

 手を伸ばした瞬間、横から誰かがかっさらっていった。その商品は、それが最後の一個だった。

 小森さんは、ふうと小さくため息をつくと、別の商品に手を伸ばした。

 これも、タッチの差で取られる。

 また別の商品で、同じことが起きた。

「呪ってやる……」

 誰に言うでもなく、彼女は一人で呟いていた。涙目である。



 彼女は惣菜とチルドコーナーの餃子だけを買って、ショッピングセンターを出た。

 そして、そのまま自宅へと帰っていった。

 道具は、揃っているのかもしれない。


 それから、彼女が自宅から出るのを待った。


 深夜。丑三つ時を過ぎたが、一向に出てこない。すでに明かりも落とされていて、端からはすでに寝ているように見える。


 彼女の丑三つ時の認識と、私の認識とがずれているのかもしれない。

 そう思って、見張り続けるも、結局そのまま朝が来てしまった。



 仕事を休むわけにもいかず、私は急いで帰宅して着替えてから出社した。


 小森さんも普通に出社していた。いつも通りの陰気な顔色。寝不足なのか、あくびを噛み殺している。


 私の隙をついて、決行したのか。それとも、ただの寝不足なのか。



 判断がつかない。そして、このままでは私の日常生活が脅かされる。

 私は、GPS機と盗聴機をネットで買うことにした。これも、私の安全のためである。

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