何者にもなれないのってすっごく恐ろしい

 わたしはずっと何者にもなれなかった。わたしにさえもなれなかった。でも、自分らしくってのは一番むずかしいんじゃないかなって思ったりもする。


 わたしの楽しみは死ぬことだけだった。誰もあの世から孵ってこないなら、それはあの世がすごく良い所だからだと母に聞いていたから。

 そんなに素晴らしいところがあるのなら自分も行ってみたい、そう思った。

 わたしたちはみんな、産まれて、生きて、最後には死んでいく。楽園が待っているのはきっとご褒美なのだと思った。

 楽園に行くためにコンパスも買った。やっぱりそういう準備も必要かなって思って、そして楽園に行くには何が必要なのか考えるのが楽しい。コンパスがあるなら、地図も欲しい。わたしはそう考えて地図を書いている。

 まっしろい大判用紙を買ってきて、定規にシャーペンを添えてサッ、サッ、と線を引く。

 なんだか、人工的で嫌だ。まっすぐと伸びた二つの線は、楽園への道筋。その道が人工的なのが、嫌だった。

 心の奥がじんわりと熱くなり、その熱さに耐えかねて涙が目から溢れた。楽園への地図は私の涙でふにゃふにゃになっていって、私が濡れた線を構わず消しゴムで消そうとしたから、地図はやぶれて、ただの紙くずへと変わった。


 死ぬ日をいつにするのか、その決定権は誰の手にあるのか、わたしは悩んだ。でも、悩んだところで仕方がないと思ったので、自分で決めることにしました。そういう自己中心的な考え方がわたしは好きでした。

 産まれた日に死ぬのも良い気がしました。相殺されるような気がしたからです。母があの世に行った日も良いと思いました。死とシがかけ合わさり、前に進める気がしたからです。

 どう死ぬのか、それも問題でした。痛いのはあまり良くありません。本音を言うならぜったいに嫌です。でも、死ぬのであれば吊るのが一番簡単なような気がします。準備もラクそうですし……


 ある日、わたしはなんの目的もなく、ただフラフラと散歩をしていました。

 ホームセンター。なんとなくわたしの目にそれが映りました。なんのことはない、近所にあるホームセンターです。

 ロープ……売ってるかも。わたしはなぜか、無性に死にたくなってきて、自動ドアへと吸い込まれていきました。多分、そのドアが自分の手で開ける手動のものであれば、わたしはロープを買わなかったと思います。それぐらいの気持ちでした。

 セルフレジでバーコード読み取っていたとき、わたしは酷く幸せな気分になっていたような、逆になんにもないカラッポな気分だったような、そんな曖昧な気分でした。

 ただ、少し吐き気がしました。


 家に帰り、どこかにロープを引っ掛ける場所がないか、家の中を歩き回っていました。わたしが歩く度に、レジ袋がわたしの身体に当たって、ガサガサと音を立てました。

 その、白の先に、わたしを殺すものがある。それを考えたとき、わたしは怖くて足がすくみ、その場に座り込んでいました。

 実はわたし……本当は、本当は死ぬのがシぬほどコワイのです。わたしが消えてなくなるのを想像するだけで、どうしようもない悪寒がカラダジュウを駆け巡ってオカシクなりそうになります。なんていうか、ドラッグ? みたいな感じです。やったことなんてないんですけど。

 でも、あれはすごく中毒性があるんです。勝手にわたしの腕に針が刺さって、溶け込んで来るんです。

 逃れることなんてできないんです。わたしはいつか必ず死ぬんですから。

 ……置き換えができるって、すごくステキな行為で、残酷な行為なんです。わたしが母から最後に受け取った、あの皮膚の冷たさが、いつか自分にも伝染するのだと分かってしまうんですから。

 コワくてコワくて叫び狂ったところで、潜在的なオロカサはいつまでもわたしの中から発せられるのです。


 死が救済なわけがない。わたしは救われなかった。たとえ母が救われたのだとしても、それならわたしは母にとってどんな存在だったのだろうと、一生考え続けてしまうから。

 死は救済なんかじゃない。死ぬのは怖い。それでも生きるのもまた、怖い。

 朽ちていく自分という存在が、怖い。心がすり減って、あの人のようになるのが怖い。

 自分を大事にできなくて、他人も大事にできない人間にはなりたくない。


 助けてと、差し出した手の先はなんにもない空虚で、母から受け取った冷たさが、記憶からわたしの指先に伝わるだけ。

 わたしはその差し出した手を、少しでも温かい人間になろうと、今日も握り締める。

 わたしの手に、誰かの手は届かなかったから。

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わたしの罪について サトウ @satou1600

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