僕が愛について語るなら

 僕はずっと昔から、愛したものの全てを知りたがる男だった。子供の頃に飼っていたマリオネット。彼を解体したのは、僕が本当に、彼を愛していたからなんだ。本当なんだよ。この話をすると、君は僕のことを気が狂ったやつだといつも言う。確かにそうかも知れないけれど、でも愛については本当なんだ。

 マリオネットは僕の家で飼っていた犬で、僕が物心ついたときから、そばに居てくれた。ねぇ、分かるかい? あの温もりが、どんなに僕を温めてくれたことか。僕がどんなに辛い目に遭ったときでも、彼は僕の涙を舐め取って、ずっとそばにいてくれた。彼だけが、あの牢獄とも言える箱庭の中で、僕の味方でいてくれた。

 ……家族っていうのが、僕には、あまりにも理解できない事柄なんだ。彼らがいったい僕に何をしてくれたと言うんだ。あの女の股から産まれたことは、僕の恥だよ。無になりたかった。無として、無になっていたかった。この世界の暗闇と、その中に浮かぶ一筋の光など見たくなかったんだ。それに、あいつらはいったいなんなんだ。あの男共は人間のクズだ。突然現れたあの男たちは、僕の心と身体をめちゃくちゃにするためだけにうまれてきたような連中じゃないか。

 ……もしかするなら、僕は世界からイジメられるために生まれてきたのかも知れない。けど、そんなのあんまりじゃないか。それに、それを僕自身が肯定なんてしてしまったら、それこそお仕舞じゃないか。

 彼らは、多くの人々が家族と呼称するものは、僕を愛してなんてくれはしなかった。包み込んでなどくれはしなかった。彼らは僕を痛めつけるだけ痛めつけるだけなんだ。彼らのせいで、僕の人生めちゃくちゃだ。いや、今の言葉は忘れてくれよ。これじゃあ、僕が彼らに屈服したみたいじゃないか。やめだ、やめ。

 ……実を言うなら、僕は愛について何一つ理解することなどできていない。愛が、いったいどんなことかも分からず過ごしてきたから。僕は君が言う、僕の中にこびりついた歪んだ何かを、愛と呼称しているにすぎない。それでも、彼を想うこの気持ちが嘘だなんて、思いたくないんだ。たとえそれが、彼をバラバラにしてしまうほどの強い何かだったとしても。

 君は、なぜそんな残酷なことをしたのかと聞いてきたね。残酷な行為ってのは、つまり、僕がマリオネットを解体したことを言っているってことぐらいは僕にだって分かる。君には理解しがたいっていうのも、分かるよ。僕に、世間一般の愛が理解できないように、君も同じように僕の愛が分からないっていうことなんだ。とりあえず、僕が何故、彼を解体したのかについて話そう。そうすれば、少しは怖くないだろうから。

 マリオネットは、それはそれは美しい毛並みを持った犬だった。もう少しいけば、黄金の毛並みを持っていると言っても良いくらいだった。それほど彼は、僕の家に居るのが不自然なくらいに美しかった。でも、それぐらいの不釣り合いが僕にはちょうど良かった。

 マリオネットは僕の全てだった。それは過言なんかじゃなくて、僕の心も身体も何もかも支配していた。目をつぶれば今でもその姿が目に浮かぶんだ。白い世界に、彼だけがいる。今笑ってくれたよ。

 そうだね。君には見ることができない、僕だけのマリオネットなんだ。……僕は神さまなんて信じない。僕が信じるのは彼の温もりと、僕自身だけだ。なのに、マリオネットはもういない。

 そうだ。マリオネットを何故解体したのかについての話だったね。……僕は話を上手く、まとめるのが得意じゃないんだ。ごめんよ。

 冬のある日……あ、本当は何月何日まで覚えているけど、そこは関係ないから省くよ。そう、僕が家に帰ると彼は、自分のお気に入りの場所で寝転んでいた。彼は歳を取っていたから、お気に入りの場所で一日中寝ている毎日を送っていた。でも、僕が声をかければいつも、僕を一目見てくれた。でも、その日は違った。

『マリオネット……?』

 僕が声をかけても、彼は眠り続けていた。僕が彼の隣に寄り添い、身体に触れた時、彼はいつもよりも冷たかった。

 嫌な予感は揺り動かしたときに、確信へと変わった。僕は少し動揺していたから、強く揺すってしまった。彼はそのまま、横にこてんと転がった。

 僕は気がおかしくなっていたから、彼を温めることにした。そう、温もりを彼に与えようと、そうすれば彼が蘇る様な気がして……

 近くにあった電気ストーブを二、三度躓きながら彼の傍に持って行った。

『目を開けてよ、マリオネット』

 僕が無理やり開いたその目は、生気を失っていた。おまけに、電気ストーブで乾いていった。僕は慌てて彼の目を閉じて、僕も目を閉じた。

 ……温もりが欲しかった。喪失の中で、僕はそれを望んだ。安心したかった。君に分かるとは思わない。僕にだって分からないから。

 台所から、包丁を持ってきて……うん、後は君の想像通りだよ。あの感触が、温もりが、ぬめりが、忘れられない。

 今も、夢に見るんだ。手には真っ赤な血がついていて、彼の綺麗な毛並みが血で染まる姿が……

 

 僕は、僕自身を切り売りして、どうにか僕という個人を生かしてきた憐れな男に過ぎない。

 僕はまともな大人になりたかった。かれらのように、誰かを傷付けるだけの大人になんてなりたくなかった。そうならないように努力してきたつもりだし、実際に努力してきたはずなんだ。でも、結果は最愛の彼を失って、気が狂っていると言われるだけ。

 ……僕の愛は、愛なんかじゃない。ああ、そうさ!! あなたに言われなくたって分かっているんだ。それでも、僕には分からないんですよ。

 人の愛し方が、他者への愛の表し方が、なにより、自分の愛し方が。そうなんです。僕は愛し方が分からない。誰にも教えてもらえなかった、だから、僕なりの、僕の愛を生み出したんだ!! それなのに。

 ……それが他者を傷つけるだけのものだったと、あなたの目を見て、ようやく気が付けた。それでも、マリオネットの温もりは僕の全てであったし、それしか、感じることができなかった。

 もう、後戻りなんてできないんですよ。

 どうして、どうしてそんなに泣くんですか? 待って、待ってくださいよ!! 僕は、僕はただ……


 どうか、今だけ、僕を抱きしめて欲しいだけなんです……それで満足するから、許して……

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