第9話 憂鬱な男

17 知らない世界


 朝日に手をかざすと手の輪郭が青とオレンジに彩られる。何回見ても綺麗だ。でもこの能力が何に役立つのかいまだにわからない。木杉さんに聞いても、


「それが本当なら、綺麗な世界が見えているんでしょうね。私には何のためなのかはわかりません」


と言われてしまい、落ち込んでいる私。

木杉さんはやはり一流大学を出ているようだ。大手企業に就職して社内結婚で皆が羨む生活だったのに、離婚して一変したらしい。そんな彼女に私は言いたい。


「一流企業に勤めていて結婚も経験して、もう十分だろう」


エリートにはエリートの悩みがありそうだ、それは私にはわからないけど。

彼女は会社を辞めた。残の世界を知っていくために、アルバイトを始めたらしい。それも私との会話で出てきた宅配ピザのアルバイトを直感で決めたようだ。37歳の女性だと内勤でピザのメイキングを担当になり、ピザ生地の作り方やいろいろなトッピングの仕方。それが性に合っていて楽しいらしい。エリートの考えはわからない。


 今日は一人で銭湯に来た。銭湯と言っても、そこそこ大きいスーパー銭湯だ。なぜ銭湯に来たのかというと、残の世界のヒントになるかもしれないと思ったからだ。平日は朝9時から開店していて、そんな時間から人は来ないだろうと思っていたら、そこそこ賑わっている。私は会社のお付き合いでゴルフをやっていたのだが、社内コンペが定期的にあって、コンペではプレー後に皆でお風呂に入る。そこで裸を皆に見られるのは慣れたので、銭湯に来ても下半身をタオルで隠すことなく、すっぽんぽんでいることが平気な人間だ。あまり大きい方ではないから下半身を晒すのは恥ずかしいけど。


体を洗っていると隣に若い男性が座った。賑わっているとはいえ、他にも空いているところが多いのに、なぜ私の隣に来たののか不思議だった。すると彼はこちらを見ながらつぶやいた。


「この後、車でどうですか?」


言っている意味が全くわからなかった。車で何かすることがあるんだろうか? 私に話しかけられているのは気のせいだと思い、体を洗い続けていると彼は舌打ちをし、その場を離れていった。


「なんだったんだろう?」


不愉快な気持ちになった。体を洗い終えると、サウナで一汗かこうと思い、サウナに入った。サウナには3人くらいが座っていて、入ってきた私を皆が見ている。


「私の顔に何かついてるのかな。皆で裸を見られると気味悪いな」


サウナにいると時間の流れが遅く感じる。体感だと10分くらいは経っていると思うが、サウナ内の時計によるとまだ3分しか経ってない。早く出るのは格好悪いという見栄で、もう少し我慢することにした。すると、さっきとは違う若い男性が立ち上がって歩き出したその時、彼はつぶやいた。


「休憩室で待ってます」


嫌な予感がした。もしかして、この場所は……。

スマホで調べたいことがあるので、急いでサウナから出てシャワーで汗を洗い流し、大浴場から出ていった。


「この場所は、あちら方面の出会いの場なのかもしれない」


タオルで慌てて体を拭き、髪の毛は濡れたままスーパー銭湯の店外へと出ていく私。スマホで「はなばつ銭湯 発展場」と調べたら、ビンゴだった。そうなのだ、銭湯はあちら方面の聖地であって、特に平日は知る人ぞ知るスポットだったのだ。なぜか笑いがこみ上げてきてしまった。

この世には知らない世界があるな。私は発展場のことは知らなかった、無知であろう。でもあなた方は残の世界をしらない。私もまだ知らんけど。


18 新たな仲間


 最近、木杉さんと長電話することが多くなった。テレパシーが使えても、結局は文明の利器であるデバイスには敵わない。電話の方が圧倒的に便利なのだ。いつもでどこでも相手と話せる電話。軍手の可能性も無限大にあるとは思う。しかし、使えるのが二人だけでは面白くないのだ。それなら電話でいいよねという結論になってしまった我々。


そんな彼女が最近、意味深な夢を見た。木杉さんにある男性が会いに来るとの意思を説明するおじさんからのアドバイス。意思を説明するおじさん、近頃は私のところに全然来ないけど、結局女性好きだったんかい。今度会ったら言おう。


「男女平等にアドバイスしてくれ」


彼女がその夢を見てから、毎日が緊張の連続らしい。街中ですれ違う人を凝視してしまったり、アルバイトでの注文電話がもしその男性だったらとか妄想をしてしまうそうだ。楽しんでいるな、彼女。


私はというと憂鬱な日々だ。自分の能力のヒントを未来人は教えてくれないし、何より自分が理解してない。いくら考えても、人類の為に役立つことが浮かんでこないのだ。少し前は木杉さんが憂鬱だったのに、いつの間にか立場が逆転している。自分だけの能力なら自慢したいし、「こんな便利な使い方あるんだぜ」って言いたい。


木杉さんといつものカフェで待ち合わせしていた。いつもの席でいつもの時間だ。今日のお題は「佐藤うとさの仕事どうする問題」

自分はアパートの家賃稼ぐためにアルバイトしているのに、実家暮らしの無職の男が仲間にいることが許せないらしい。なかなか厳しい女性だ。

あの仕事は佐藤さんに向いてるとか、この仕事なら職歴関係ないとか、もう喋る喋る。彼女のアドバイスを聞いていると、隣の男性がこちらを見ていることに気付いた。こういう時にあれが便利だ。私が軍手の仕草をすると、彼女の顔が真顔になった。


「隣の男性に警戒せよ」


慌てて軍手をする彼女。演技下手くそか。


「了解。どっちですか?」

「右」


彼女から向かって右と言ったのに、左を向く木杉さん。私は笑いそうなった。

目線で方向を支持すると、頷く彼女。なんか探偵みたいな活動になってきたな。すると隣の男性が、元気のいい声で話した。


「佐藤うとささん、おれ、人の声が聞こえるんです」

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ZAN 長田ふとむ @osadah

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