第8話 ジェラシー

15 意思疎通


 世の中に法律があるように、残の世界にもルールがあるのだろう。直感だが、他人に迷惑をかけてはいけないルールが残の世界にある気がする。母に自分の能力を試さなかったことに対しての「合格」なのだろうか。


「残の世界は普通の世界の逆の世界、つまり一般社会も残と一緒にあるわけだ。その二つの社会を共存していくことが我々の世界のルール。それを直感でもいいから感じてくれて嬉しいよ」


まだ何もわからないのに、ルールも糞もないよなと思う私。残の世界のルールブックくれ! でも知りたいような知りたくないような。

そして、早く軍手を試したい衝動に駆られている。木杉さんに電話するか。でも夜分だから失礼だな。明日にしよう。


次の日の朝、木杉さんと再度会う約束をした。それは今日の午後だ。会った時に、私も軍手が出来るかどうか試したいことは伝えてない。もし軍手が出来たら、言葉を発しなくても会話が出来るのだろうか。他所ほかから見たら「鼻に手を当てて何やっているんだ?あの二人は」と思われてしまうだろう。でもいい、二人だけしかわからない世界を楽しみたい。


出会ったカフェで待ち合わせした。なぜか緊張する二人。この先の展開が読めないからだ。


「木杉さん、私も軍手が出来るのか試したいのですがいいですか?」

「は、はい。やり方はわかりますか?」


手の位置や形、力の入れ方など細かく指導してくれる彼女。見よう見まねでなんとか型は出来たけど、実際に音を飛ばせるんだろうか。


「じゃあ行きますよ」


こくりと頷く彼女。彼女の顔は紅潮して緊張しているようだった。私はもっと緊張していて、顔が脈打っているのがわかる。深呼吸をして、いざ試し軍手。いくぞ。


「木杉さん、可愛いですよ」


眼を見開いて驚く彼女。辺りを見回して、誰もこちらの動向を伺っていないのかを確認していた彼女。私の顔を見て、再度こくりと頷いた。

どうやら彼女に私の軍手が伝わったらしい。そして彼女はうつむいて涙を流し始めた。慌てる私。


「どうして?」


彼女が泣いている理由がわからなかった。彼女は席を立ち、足早で店を飛び出していった。

まずかったかな。可愛いというのは場を和まそうというか誉め言葉のつもりで言ったのに、口説いていると勘違いされて、それがショックだったのかな。失敗した、こういう時はあれだ!


「コーヒーがまだ残ってるよ……」


こういう時もこれだろう。突っ込まないと。

あの涙はなんなのか。驚きの涙なのか、うれし涙なのか。考えても答えはわからない。それから一時間くらい店内でいろいろな事を考えて、私は店を出た。

女性の涙を見たのはいつぶりだろう。母はそう簡単には泣かない。私が直近で付き合っていた彼女はもう7年前だから7年ぶりくらいに見た女性の涙。


「女の涙ってずるいよな」

「見てたんかい!」

「それでだ、軍手だが、なるべく人前では使わない方がいい。使うならさりげなく、そういう訓練もしろ。つまり演じるってことだ」

「未来人も軍手を使ってやり取りしてるってことですよね?」

「おかけになった電話番号は電波の届かないところにいるか、電源が入っておりません……」


そんなボケもあるのか……。


16 和解


あれから木杉さんと連絡が取れていない。こちらから電話をかけづらいので、電話待ちなのだが、こちらからかけた方がいいのかな。かけたとしても何て話そう。気まずいからやっぱり待とう。情けない男だ、私。

それから何日かして、木杉さんから電話がかかってきた。お詫びをしたいから会いたいとのことだった。私は彼女に嫌われたわけではないと安堵した。待ち合わせはいつものカフェ。今日は言動には注意しようと思った。


「先日は失礼なことをしてしまい、申し訳ございませんでした」

「いえいえ、とんでもないです。心配していました。どうしたのですか?」

「実は、ショックだったんです。私だけが使える軍手だと思っていたので」


そうだったのか。私も軍手が使えて一種のジェラシーを感じたのか。もし逆の立場だったらどうだろう。そうだった、私も木杉さんの軍手を初めて体験した時に、アニメの主人公みたいな能力でショックだったんだ。結局、私も木杉さんも同じリアクションじゃないか。


「木杉さん、実は私もなんです。木杉さんが私に初めて軍手使った時、私は驚きと共に嫉妬しました。本当の超能力のようで羨ましかったんです」


それを言うと木杉さんは苦笑いのような嬉しい笑みのような顔で私を見て、それからコーヒーを一口飲んだ。緊張が解けたのだろう。それからしばらく軍手について語り合った。こういう時に便利だよねとか、天狗は実在していたんじゃないかとか、本当に楽しいひと時だった。

そして別れ際に大事なことを伝えようと私は彼女に話した。


「木杉さんもお聞きになっているかもしれませんが、軍手は人前では隠した方がいいらしいです」

「それは夢ですか?」


彼女の反応が何かがおかしい。もしかして彼女が指示に従っているのは、夢の内容だけの話なのか。平さんみたいな未来人が彼女の周りにもいて、私と同じように会話していないのか。


「ええ、そんなところです」


彼女に嘘を言ってしまった。帰り際になんで正直に「私は未来人と会話している」って言えなかったんだろう。そして、なぜ木杉さんも未来人と話しているのかどうかを確認しなかったんだろう。


「ホラーだろ。未来人と話しているなんて誰が信じる。それで正解だ。未来人のことは隠してほしい。今はな」


ふいに平さん登場。平さんの台詞で安堵してしまった。そうだよな、彼女はまず未来人を信じてくれるかな。でも、超能力自体がもうホラーだよな。未来人のことは当分の間、隠しておこう。それの方がややこしくない気がする。


「それでだ、そろそろお前らを探し始める人間が出てくると思う。我々はそういう予兆を感じているんだ。芸能界を巻き込んでしまったのがこちらの失策だった。お前らの命が危ない時は警告するからそこは真剣になれよ」


急に怖くなった。他人からの殺意で命の危険性なんて今まで生きていて感じたことはない。誰に狙われるんだろう。能力のない人達からからなのか。それとも映画でよくある国家からなのか。あの時の白鳥すずが今更だけど気になってくる。本当に彼女だったのなら会話したかった。


「なぜここに来たのか」

「その台詞は誰に言わされているのか」


その夜はすごく不安に襲われて、寝つきが悪かった。

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