第7話 倫理観
13 逆の世界
木杉さんと1時間くらい話した矢先に、木杉さんが恥ずかしそうに私に伝えてきた。
「ここではなんなんで、外でちょっとお話したいことが」
照れる女性って可愛いもんだな。なにを伝えたいんだろう。なぜか心臓がドキドキしていた。まさかと思うけど、変なことにならないだろうな。なぜ男は馬鹿なことを考えるのだろう。男ってスケベな生き物だ。
お店を出て、裏通りへ行くと急に立ち止まり、彼女は真剣なまなざしで私を見た。
「私はいつからか意思を人に伝えることが出来てたんです」
まじでか。木杉さんはアニメのニュータイプみたいな感じだったのか。聞きたいことが多すぎる。どうやって意思を伝えて、どう聞こえるんだろう。
「試しに佐藤さんにやってみますね」
「はい、わかりました」
スムーズに受け入れる私。いきなりテレパシーを聞くのが手っ取り早い。もう何が起きても不思議じゃない。少しショックだ。そういう存在は自分だと思っていた。平さん、聞いてないよ。というか平さん、どこ行ったの? 出てこいや。
彼女は突如、左手のこぶしをグーに握り、そこから小指を立てて、その手の形でこぶしを鼻の上に乗せた。まるで「お前天狗になったな」とジェスチャーするポーズのような格好。すると次の瞬間、ガツンと頭に彼女の声が聞こえてきた。
「佐藤さん、聞こえますか? これが軍手です」
軍手? なんの話だ。手袋してないじゃん。意思を伝えるというすごいことと軍手というわからないことが一緒にきてもうわけワカメだ。あの意味がわかった。怖い、木杉さん怖い。超能力者を実際に初めて見た。そうか、これがあの意味か。だから、ユーモアを交えて怖さを半減したい。猛烈にふざけたい理由はこれか。
「木杉さん、あなた、チョベリグですね」
「佐藤さん、それわかるの、私たち世代より上ですよ」
「ははは」
心から笑えないのに笑ってる素振りする私ってダサい。でもそうさせてくれ。今だけは。すると彼女は私の戸惑いを察するように口を開いた。
「この世界は逆の世界みたいなんです。意思を伝えるこのポーズは天狗っぽい。そこから ‘てんぐ’ の逆で ‘ぐんて’ らしいです」
凄い説得力だ。軍師が兵に指示を送る軍の手という意味だと一瞬脳裏によぎったが、そうではないのか。
それと、伝記の天狗は本当にいて、そのようなことをやっていたのかな。天狗がいたのは平さんが言っていたから本当なのだろう。木杉さんは天狗の末裔なのか。
「木杉さん、いつからこの能力を使えるようになったのですが?」
「私、バツ1なのですが、夫に恨みを伝えよう伝えようとしていたら、夫に悪口言う女最低って言われて、そこから不思議なことや夢を見だしました。それで気付きました」
「そうだったんですか、失礼しました」
「いえいえ、もう過去のことですし、このことが今は最重要課題なので気にしてませんのでお気遣いなく」
彼女が前向きで安心した。そして気になることがひとつ。
「木杉さんは意図的に意思を送ることが出来るのですか? サトラレとは違うんですよね」
「はい、このポーズをしないと送れません。いろいろと試したいことがあって、佐藤さんに協力して頂きたいのです」
彼女のハングリーさに心が奪われた。私にはない何かがある。私も頑張らなくちゃいけないのだが、私の能力ってすごいことなのかな。彼女に聞いてみよう。すると彼女の方から私について聞かれた。
「佐藤さんはどういった能力なのですか?」
「私は、物体の輪郭を彩る能力なのですが、何に使えるのかよくわからないのです」
「物体の輪郭を彩る能力? 漫画みたいに輪郭を実線で描く感じですか?」
ものわかりのいい女性で助かる。そう言うとわかりやすいな。漫画の実線みたいな感じだ。
初めて話した頃から思っていたが、彼女は知的だ。おそらく高学歴だろう。無名大学卒の私とは違う。彼女に対して私はなんだか劣等感で悩みそうだ。そんな勝ち負けの世界ではないはずなのに、なんでそんなことを思ってしまうのだろう。こういう考えは無くさないといけない。
14 憂鬱な彼女
あれから木杉さんの能力ついて二人で検証をしてみた。軍手はどのくらいの距離まで届くのか。障害物は越えるのか。そして、倫理的な壁にぶつかる。一般人に能力を試してもいいのか。彼女は悩んでいた。
「一般の方に能力は使わない方がいいのかもしれない。でもいろいろな方に私の能力を知ってもらいたい。そして聞いてほしい。彼の浮気癖」
そこ、根に持ってたんかい。もっと他に伝えたいことがないのだろうか。気持ちはわかる。まだ旦那さんと離婚したことを引きづっていて恨んでいるのだろう。女の執念ほど怖いものはない。何を知ったような口きいているんだと思う私。
「旦那の浮気を根に持っているって思ってるでしょう? そうなんですけど、伝えたいのは彼に騙されないように彼の周りの女性に、彼の浮気癖を伝えたいだけなんです」
もうこれ以上、自分のような女性を生み出したくないという気持ちなのだろう。そして感じた彼女の本音。旦那さんとまたやり直したい気持ちも少しあって、変な虫がつかないようにしたいんだろうな。若い女性ならこうは思わないはず。もう素敵な男性と巡り会う機会が少ないと思ってるから、そう思ってしまうのだろう。
夕方になったので、彼女と別れて家路を急いだ。携帯電話の番号を交換し、連絡は直接電話にすることにした。メールだと誰に読まれているかわからないという彼女の警戒心からそうなったのだ。
「お疲れだな。やっと仲間に出会えたな」
「平さん、遅い、遅いよ」
「それでだ、なぜお前も軍手をやろうと試さなかったんだ?」
どきっとした。そうだ、なぜ自分も彼女に対して軍手で意思を伝えられるか試さなかったんだ。試したくなる私。伝えられるんだろうか。早く彼女にまた会いたい。電話するか、どうしよう。
「それって恋と似てないか?」
おいおい、勘弁してくれ。残の世界で唯一の仲間を見つけたのに、そんな感情で気まずいことになると疎遠になるに違いない。いつまでも仲間であって欲しい。
そうだ、母に試してみるか。いやいや、いくら身内だと言っても、能力を一般人に使うのはまずいだろう。でも早く軍手が自分でも使えるのか試したい。
電車を降りて改札を出るまでずっと考えていた。一回くらいならいいっか。すると母の口癖が聞こえた気がした。
「だめ!」
そうだよな、家族を巻き込んではいけない。私が今、守るべきものは家族。母に対して軍手を試すのかはやめよう。そう決心した私。すると嬉しそうな声でガツンと脳に聞こえてきた。
「合格!」
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