真夜中の病院【KAC202210真夜中】

雪うさこ

夜勤ってデンジャラス



 もう、かれこれ20年以上も前の話ですが、看護師をしていました。ですから、当然の如く夜勤もこなしていたわけです。私が勤務していたのは、高齢者が多い病棟です。院長が呼吸器系の専門医だったもので、一部、人工呼吸器や血液透析を行っている重症患者さんもいるようなところでした。


 夜勤は三名で行います。二交代制だったもので、途中で交代で仮眠をとります。日勤帯は、検査や回診などがあるので、それはそれで忙しいですが、なにせスタッフが多い。ところが、夜勤帯になると、すっかりこの少数人数でこなさなくてはいけません。なかなかハードなものでした。


 仮眠をとろうとしても、救急車がやってきたり(救急病院ではありませんでしたが、提携している高齢者施設からたまに来るんです)、お亡くなりになったりする人もいます。そうなると、なかなか仮眠なんてとっている場合ではないわけです。


 当時、看護師仲間の間で流行ったジンクスがありました。それは、「自動販売機の〇Cレモンを飲むと、憑く(お亡くなりになる人が出るって意味)」というもの。勇気ある男の先輩看護師が、「今日は平和だぞー。いっちょ飲んでみるか!」なんてやってみたからには、朝方には急変者が出る始末。他のジュースが売り切れても、〇Cレモンだけは、いつまでも売れ残っていたのが思い出されます。今はどうなっているんでしょう?


 真夜中の病棟って、静かなイメージがあるかも知れませんが、そうでもない。患者さんたちって、暗くなって静かになると、痛みが強くなったり、人恋しくなったりして、廊下にふらっと出てくるものでした。特に高齢者の場合、昼夜逆転している方も多く、夜勤帯の詰所は大賑わい。病室で一人にしておけない患者さんが、次から次へと詰め所に連れてこられるからです。


 今でこそ、身体拘束にはとても厳しいものがありますが、当時は、そこまでではなかったと記憶しております。チューブ抜いちゃった、点滴抜去しちゃった、そんな患者さんは、自分で脱ぐことができない「抑制衣」ってやつを着せられたり、手袋をさせられたりしていました。そんな患者さんたちが続々詰め所にやってくるのです。賑やかにならないはずがない!


 もぞもぞしている患者さんたちに、声をかけながらも必死にカルテを書きます。そうじゃないと、すぐにまたラウンドの時間が回って来るわけですね。当時は紙カルテ。夜勤帯は赤文字で記載するルールですから、目をチカチカさせながら、患者さんたちのカルテを書きます。そんな戦いの最中、少し目を離したすきに、点滴を抜かれてしまって、薬液も血もだらだらになっていたり……。ラウンドして帰ってきたら、詰所が泥棒入ったみたいにぐちゃぐちゃにされていたことも。ラウンドの時に、一緒に連れて回った方もいましたね。目が離せないですからね。


 一度あったのが、酒精綿を食べられちゃったこと。もうアクシデントです。翌日、師長に報告して怒られましたけど。酒精綿とは、点滴などを行う際に、使用する消毒綿のコトです。今は個包装になっている時代ですが、当時は、煮沸消毒をした瓶にコットンを詰めて、70%エタノールをかけて、はい出来上がり。だから、ちょっと蓋を開ければ中の綿は誰にでも取り出せるんですよね。


 お酒大好きな男性患者さんでした。妙にふらふらしているんです。酔っぱらったみたいに、よろよろって。おかしいなーって先輩が言って、よくよく見てみると、近くに酒精綿を入れてあった瓶が転がっているわけです。エタノールはアルコール。しかもかなりパンチが利いていたんでしょうね。すぐにドクターに相談して対応してもらいました。


 夜勤帯は、患者さんだけじゃありません。日勤帯に入り込んでいたこうもりがね、夜になって活動始めるという事件もありました。真夜中の病棟は怖いです。煌々と電気をつけるわけにもいかないし、非常灯の緑色の灯りだけを頼りにラウンドすることも多い。そんな中、突然、頭上を「キエーー」ってなんか飛んでいくんですから。腰を抜かしましたね。あの時ほど、心臓が止まるかと思ったことはありませんでした。活動しているこうもりを捕まえることほど、無謀なものはありません。結局は、朝になって、カーテンにとまっているところをビニール袋でキャッチです。


 それから病院あるあるですが。それは、亡くなった患者さんが化けて出るって話。ある時、日勤帯にお亡くなりになった患者さんがいた空病室の前を通ると、中からスリッパを引きずって歩く足音が聞こえました。空耳か? って思いましたが、何度聞いても間違いない。怖くて中を覗くことができませんでした。眠くて寝ぼけていたのでしょうか。今となっては真相を確かめることが出来ませんけれども、怖かったですね。


 もう一つ。ある夜、ラウンドに行ってみると、「ひいいい」って小さい悲鳴が聞こえてきました。もう私のほうが怖いわ……。けれども、看護師というものは、患者を守らねばなりません。怖いからと言って、避けて通ることは出来ないんです。


「どうしたの!?」


 思い切って病室に入ると、なんと——。裸になった女性患者が、隣の寝たきり患者のベッドに足を踏み入れようとしているではないですか! うおおおいい、なにしているんだよおー!


 裸になっている女性患者に声をかけると、「お風呂に入ろうかと思って」って言うんです。ああ、寝ぼけたのね……。いや、寝たきり患者さんの恐怖は計り知れませんね。裸の女性がベッドに入ってこようとしているんです。悲鳴を上げるのもわかります。


 とりとめもなく、真夜中の病院事情を書いてみました。私が臨床にいたのは5年程度ですが、ここには上げきれないくらい、色々な事件がありました。そうそう、耳舐められたこともあります。つねられたり、蹴られたりもね。


 余談になりますが、看護師をしていて、一番の衝撃だったのが、亡くなった方の死後の処置をするということ。本当に衝撃的でした。二十歳そこそこの世間知らずの私がです。今まで身近で亡くなったのは、祖父くらいなもので、人の「死」に立ち会うなんてこと、ほとんどしたことがなかった私がです。人の臨終に立ち会わなくてはいけなかったということ。そして、処置をするということ。高齢者が多い病棟だったので、お亡くなりになる人も必然的に多くなります。


 亡くなる前の兆候だったり、匂いだったり、人は死を目の前にすると、様々な反応を示します。あの独特の雰囲気。


「もうそろそろよね。血圧40。おしっこ朝から10くらい」


 家族に電話をする役目を担うのは、すっごく嫌でしたね。それから、亡くなった方からペースメーカーを取り出す処置を、ドクターにしてもらうのが一番嫌でした。亡くなった方にメスを入れるというのが、なんだか嫌だったんですよね。


 そして、あの時に痛感したのは、「人は死に目を見ればどんな人生を送ってきたかわかる」という言葉。家族に囲まれて惜しまれて見送られる方もいれば、誰にも送られずにひっそりと人生を終える方もいます。


「ああ、この人が生きてきた意味。どこかにあるよね? きっとあったよね」


 そういう時に思ったのが、「この人を見送る役目を私が担ってしまってよかったのだろうか?」ってこと。その方の人生の大半を知らないのに、最期の最後に立ち会う私。これって、色々なことを考えさせられました。最期だけ、その瞬間だけ立ち会うだなんて、ダメな気がしたんです。その経験から、私は人の人生に興味を持ちました。出会ったその人が、どう生きてきたのか。何を大切に生きてきたのか。知りたいって思ったんです。そういうこともあって、その後に学校に入りなおして、今は臨床から離れています。


 看護師は看護師で、やりがいのある、素晴らしい仕事だと思います。しかし、かなりからだを張っていたなと。今の臨床はもっとましになっているのでしょうか。真夜中と言われると、夜勤の記憶がよみがえりますが……この年になると、もう夜勤はできませんね。起きていられる自信がない! 子どもたちと寝て、朝起きる。みんなが寝静まっている時に働くって、本当に大変だと思います。夜勤されている皆様、本当にお疲れ様です。



 

 


—了—

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真夜中の病院【KAC202210真夜中】 雪うさこ @yuki_usako

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