過去2:救いの手を差し伸べた結果

#1 初任務


 俺が人間として生きていたら恐らく16~18くらいの年齢になった頃、リュンヌから初めてとしての仕事の依頼が入った。

 それまでは雑用ばかりやらされており、死神としての存在意義を失いつつあったが、今回でその役目を卒業できるかもしれない。


 そう思うとやる気が出た。

と同時に、失敗は許されないというプレッシャーもひしひしと感じた。



「……彼女が俺の初標的ターゲットか」

 リュンヌから貰った資料を片手に、木の上から標的を観察することにした。


 今回の標的の名は【フェリステ・タークオイズ】

 性別女、齢14、7月30日生まれ、A型。

 家族構成は父、母。

 幼少の頃から体が弱く、未知の病に侵されている。

 親友であった【エトワル・エテルネル】が他界後、体調が急変。

 肉体面だけではなく、精神面においても不安定な状態に陥る。

 現在は自宅で療養しており、症状が回復しないようであれば死期を早めても問題ないだろう。


「……?」

 俺は資料から目を離し、標的の方へ視線を移す。

 今日の朝から観察を始めたので詳しいことは分からないが、標的は学校へと行っていた。そして今は湖の傍にポツンと立っている墓に向かって手を合わせているところだった。

 恐らくあれが親友とやらの墓なのだろうが、

「そこに魂は存在してないんだよな」

「え?」

 独り言のつもりで呟いたそれが何故か標的の耳へと届いてしまったらしく、彼女は不思議そうに辺りを見渡し始める。

 俺は慌ててその場を離れようとしたが、任務さえ遂行できれば標的との接触は特に禁じられていないことを瞬時に思い出し、気が付けば標的の前へ着地する形で木から飛び降りていた。


 突然現れた俺を見て驚いた顔をする標的。

 そして行動とは裏腹に、内心動揺している俺。


 リュンヌによく、考え無しに行動するのはやめなさい、と怒られていた理由を今やっと実感したが、時すでに遅し。

「えっと、貴方は、一体……?」

 困惑気味に問いかける標的に、動揺しているのが悟られないよう、俺はゆっくりと彼女に近づく。

 そして彼女の瞳をみて、こう告げた。


「俺はレーヴ・ラ・モール、お前の魂を奪う者だ」




 俺がそう名乗ると、標的は暫く黙り込んで、俺のことをじっと見つめていた。

 最初は恐怖で言葉がでないから目で訴えているのかと思ったが、標的の表情をみて、そうではないことを一瞬で理解した。


 ……人間は【死】を恐れる生き物だと、リュンヌから教わったことがあるが、俺の前にいる人間は恐れてなどいないように見えた。

 いや、むしろ--


「……そう、そっか」

 やっと喋りだしたかと思えば、標的はにこやかな表情で俺を見つめ、そして手をとる。

「手、冷たいんだね」

「っ、!」

 俺の手を温めようとしているのか、標的は先ほどよりもぎゅっと、包み込むように手を握ってくる。

 その手は数ヶ月後に亡くなるとは思えないほど温もりを感じた。

「ねぇ、死神さん。さっき言ったことが本当なら

 --私の魂奪っていいよ」


 標的の瞳は本気だった。


「……なんて、そんな夢みたいな話、あるわけないよね」

 標的は俺から手を離すと、墓の方へと近づいて、まるで誰かを撫でているかのような動作で石に触れる。……それも、今にも泣きだしそうな顔で。

「私はこの子を、親友を、殺した。……だから生きていることは許されないし、この子--エトが亡くなってから毎日死にそうな日々を過ごしてた。

でも、死ねなかった。それどころか、今日は登校して墓参りに来れるくらい元気なんだ」

 彼女はゆっくり俺の方へと視線を向けると、複雑そうな表情を浮かべる。

「エトがね、夢の中で生きろって言ってくるの。私まで死ぬのは許さないって。

……でも、私は治らない病気にかかってるからどのみち長くは生きられなくて。

えっと、だから」


「……生きればいい」

「え?」

 それは上手く言葉にできずに苦しんでいる標的を見ていたら、無意識に零れた言葉だった。

「残りの人生を後悔しないように生きればいい。罪を償いたいっていうなら死んだ後でも構わないだろう? 親友が望んでいないなら尚更」

「っ、それでも私はここへ来ないと……」

「なら俺も明日からここへ毎日くる」

「え」

「墓参りをやめろ、とは言わないけど、話相手がいないとお前は思考回路がマイナスの方向にいきそうだからな。どうせ他に話せるような相手もいないだろ?」

「……さっき、私の魂を奪う者だって言ってたのに」

「別に、今すぐ奪う必要はないんだ。期限までに奪えれば……ってなんで笑ってるんだよ」

「--変な死神」

 そういって笑うの顔は今日見た中で一番綺麗に見えた。

「レーヴ、だっけ? 今日は日が暮れてきたから帰るけど……えっと、また明日?」

「……あぁ、また明日……フェリステ・タークオイズ」

「名乗ってないのに知ってるってことは信じていいのかな」

「え?」

「こっちの話」


 彼女は元気よく手を振ると、自宅の方へとゆっくり歩きだす。

俺はその姿が見えなくなるまで見守り、初日の観察結果をリュンヌへ報告しに行くことにした。

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余命7日の彼女とボクの存在意義 弥咏優(みえいゆう) @mieiyu0

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