#5 救えない


 あの日、エトと別れた後、体調が優れずにいた私は残りの夏休みを寝込んで過ごすことになった。その間も、エトが何をしようとしているのかわからず不安で仕方がなかったが、私にはただ祈ることしかできない。


 どうか、何もありませんように。

 二人で笑顔に新学期を迎えられますように。



--そんな願いとは裏腹に突きつけられた現実は、目を、耳を……何もかもを疑いたくなるようなものだった。



「おはようございます。今日から新学期ですが、残念なお知らせがあります。

 信じられないかもしれませんが昨晩、別のクラスの生徒が自殺したそうです。確か名前は--」



‘’エトワル・エテルネル‘’


 担任から告げられた名前に、思わず声が漏れる。

 それが担任の耳にも届いたのか、こちらを向くと残念そうな顔で話を続ける。


「そういえばフェリステさんは彼女とよく一緒にいましたね。確か。彼女が飛びこんだ湖が……いえ、こんな話をするのは失礼でしたね。皆さん、何かあったら相談してくださいね」

「あの、先生」

 私が咄嗟に声をあげると、担任は手招きをして教室を立ち去る。私もそれについていく形で教室を後にすると、今は使われていない空き教室へと担任が入っていくのを見かける。

 念のためノックをしてから教室にはいると、担任は

「エトワルさんのこと、何もきいてなかったんですね」

と独り言のように呟いてから私に視線を向ける。

「彼女がいじめられていたのはご存じですか?」

「……はい、止めようとしました」

「あなたも同じ被害にあってませんでしたか?」

「そ、れは……」

 私が口を濁すと、担任は何とも言えない複雑な表情をする。そして、哀しそうに笑いながら、言葉を続ける。

「気が付いていながら止められなかったこちら側にも非がありますね。本来、こうなる前に大人が動くべきでした。申し訳ないです」

「いえ、それは」

「なのでフェリステさん、今度は貴方に被害が及ばぬようにしたいのです。いじめを行っていた方々と話しますがよろしいですか?」

「それ、私も一緒にいっていいですか?」

 その言葉が予想外のものだったのか、担任は目を丸くする。私はそれを気に留めることなく話を進める。

「エトは彼女たちと話し合いをしたはずなんです、だから何を言っていたのか知りたくて。それに、自殺なんて……」

 そう言いかけて、エトに言われた最後の言葉を思い出す。あの違和感は、もしかして

「そこまでいうならいいですよ。……丁度いらっしゃったみたいですしね」


「失礼します、要件っていうの、は……」

 教室にはいってきた彼女は、私の姿が視界に映った途端、フリーズする。それから少しして誤った形で状況を理解したのか、私のことを睨みつけてきた。

 それに担任も気が付いたのか、彼女へ容赦なく質問をする。

「エトワルさんと最後にお会いした際、どんな話をしましたか」

「普通に、世間話を」

「嘘はつかなくて結構です、正直に話したほうが楽ですよ」

 担任がそう声をかけると、彼女は諦めがついたのかぽつぽつと話し始めた。

「……エトワルさんに、私達に関わるのはもうやめてくれって言われました。でもあたしは彼女のことが憎くて、妬ましくて、感情の高ぶりが抑えられなくなるんです。だからあの日もいつものように暴力を……ただ、。恐ろしくなって逃げたんです、だから、その、自殺するなんて思ってなくて」

「変だった、というのは?」


 結局、あなたたちはわたしの反応を楽しんでるだけなんだよね?

 わたしがいなければ、フェリちゃんに手を出す理由もなくなるんだよね?

 ……ならよかった。わたしがこれからすることにちゃんと意味はあるんだ。


「って物凄く嬉しそうに……言ってて……本当にごめんなさい、謝って許されることではないけれど、それでも、彼女を殺したのは」

「私だ」

「え?」

「フェリステさん?」


 私が、エトを殺したんだ。

 親友だなんていいながら、エトが苦しむことばっかりして精神的に追い詰めたのは私だった。


「わ、たし、は……」

「フェリステさん、落ち着いてください。深呼吸を、フェリステさん!」

 段々、意識が遠くなっていく。

 必死に声をかける担任の姿も歪んで、音も、何もない真っ暗な世界。

 そんな中、最後に思ったことはただ一つ。

「エトに、会い、たい、な……」



 *



 目が覚めると、目を真っ赤に腫らした母親の顔が視界に映る。

 あまり覚えていないが病院に運び込まれたのだろう。

 私がゆっくりと体を起こすと、それに気が付いた母親が声をかけてくる。

 また、心配をかけてしまった。

 そう思いながら、ふと母親の手元をみると何かを握っていて。

「お母さん、それは?」

「あ、これは、その、エトちゃんの」

「遺書? 見せて」

「体調がよくなってからでも」

「今見たいの。……今見ないと、どんな顔をしていいのかわからなくなるから」

 私が必死にお願いすると母は渋々遺書を手渡してきた。

「フェリちゃんへ、って、私宛……?」

 首を傾げながら中身を取り出し、目を通す。内容は以下の通りだ。



『フェリちゃんへ


 この手紙を見ているということは、わたしはもうこの世にいないでしょう。

 なんて、こんなこと書きたくなかったけど、わたしにはもうこうするしかなかったんだと思います。


 きっとフェリちゃんは自分のことを責めるだろうけど、これはわたしが選んだ道です。フェリちゃんは何も悪くないよ。

 でも世界一大好きな唯一の親友の貴女を独りにしたわたしは親友失格かな。

 それでも、わたしはフェリちゃんと二人で過ごした時間が何よりの宝物で、毎日楽しくて。

 ……本当はこれから先も、





 どうか、泣かないで。自分を責めないで。

 わたしの分まで幸せに生きて。


 エト』



「っ……」

 句読点の後に薄っすらと見える『一緒に生きていたかった、まだ死にたくなかった』という文字を見て、私はあふれる涙が止まらなかった。


 どんな気持ちでこの手紙を書いたのか。

 どんな気持ちで飛び込んだのか。

 きっと独りで心細くて、不安で、怖かったはずだ。

 なのに、命を絶ってまで私を守ろうとして。

 こんな私を、守ろうと、

「なんで、一緒に、連れてってくれなかったの……」

「フェリ……」

「母親の前でこんなこと言っちゃいけないってわかってる、わかってるけど、でも、私はどうせ長く生きられないんだから、それならいっそ」

 そこまでいったところで、母親に強く抱きしめられる。

 震えた手で、何かを訴えるように。

「ごめんね、お母さん」

 私はそれだけ呟いて、母の胸で静かに泣いた。


 それから、どれくらい経ったかわからないが、気がついたら一人ベットに横たわっていて。


「悪い夢なら早く醒めて。夢じゃないなら--」

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