#4 亀裂
二回目の夏休み。
去年の今頃は毎日のように湖へ向かっていたっけ。
……今はそんな元気、残ってないけど。
「もし、エトが湖にいたら申し訳、ないな」
--標的が私に変わってからというもの、
毎日のように殴られ、蹴られ、罵倒され。
意識を保っていられないほどの激痛に耐える日々が続いた。
それは夏休みに入ってからも変わらず、
ただタイミング悪く持病が悪化したこともあり、呼び出されてもこうしてベッドの上から動くことすらままならず、寝込んでしまっていることの方が多いのだが。
……私がこないことに苛立って、エトがまたいじめられたりしてたら耐えられないので、できれば今すぐにでも行きたい気持ちはあった。
しかし、母親がそれを止めてくる。
当然だ。娘が毎日ボロボロになって帰ってくる上に、病気の影響でろくに動けもしないのだから。
「エトも、ずっとこんな感じで……」
一人で苦しんでいたのかと思うと、胸がぎゅっと痛くなる。
ああ、無性にエトに会いたいな。
会って、あの笑顔をみて、安心したい。
そのためにも、今日はこれ以上何も考えずに安静にしていよう。
それで明日湖へいって、エトがいたら沢山話をして、それから--
*
結局、あれから体調が良くならず、
夏休みも終盤へとさしかかってしまった。
このままでは、エトに会えないまま新学期が始まってしまう。
謎の焦燥感に駆られ、私は家を飛び出した。
まだ体調が万全ではないためか、時折視界がぼやけたり、足が動かなかったりしたが、何とか湖へとたどり着く。
そこには見慣れた顔があり、私は声をかけようとする。
「エト……!」
が、
それよりも先にもう聞き慣れてしまった嫌な声が、彼女へ声をかけていた。
「フェリステさんは自ら望んで、私たちと遊んでくれてるから」
どうやら何かを離している最中だったらしい。
……いや、私の名前が出ているということは、もしかして。
「フェリちゃんじゃなくて、わたしで十分でしょう? そもそもフェリちゃんに恨みはないはずじゃ」
「そうだね」
「なら」
「でも、あの子をいじめていた方が、貴女は醜い顔をするでしょ? そうそう、その顔。そっちの方が面白いから」
「っ……」
じんわりと嫌な汗が肌に伝う。
最悪だ、最悪だ、最悪だ……!
止めなくちゃ、エトにその話を聞かせてはダメだ。
だって、私はずっと、
「……フェリ、ちゃん?」
--焦りで冷静さを失っていた私はその後、何をしたのか覚えていない。
エトと目が合って、それから何かを言っていた気がしたが、わからない。
ただ、今、落ち着きが戻ってきて、辺りを見渡そうにも見渡せず、温もりだけを感じている。
……エトが、私を抱きしめてくれてるんだ。
「エト、あの、私」
「わたしはね、怒ってるの」
彼女にしては珍しく、声のトーンが低い。それほど真剣に怒っていると伝わり、私は肩をびくっと震わす。
「フェリちゃんが嘘をついていたこともそうだけど、それは薄々気が付いた。だって、わたしへの被害が突然なくなったから。
……気が付かないと、本気でそう思ってたの?」
「ごめん」
「フェリちゃん、わたしに言った言葉覚えてる? そっくりそのままいうね」
「わたしは、頼りない?」
その言葉をきいて、私の中の何かがはじけた。
気が付けば、目には大量の涙が溢れ、声を出して子供のように泣きじゃくっていた。
そして何度も、何度も、彼女の腕の中で、ごめんねと謝った。
この時、彼女がどんな顔をしていたかはわからない。
ただ、しばらくして私が顔をあげた時、彼女はどこか哀しそうに笑っていた。
「わたし、もう一回あの子達と話すよ」
「話をしてどうにかなるようなものだとは思えないけど……」
「そうだね、そうかも」
「それならエトが無理に話さなくても」
「フェリちゃんあのね、実は一つだけ、奥の手があって」
「奥の手?」
「そう、奥の手。本当にどうしてもダメだったら……」
彼女はそこまで口にすると、深呼吸をする。
そして、何かを決意したかのように、私の方を真っ直ぐ見つめて、
今まで見た中で一番綺麗な笑顔を浮かべる。
「何があっても、フェリちゃんは私の大好きで大切な親友ってことに変わりはないから。それだけは忘れないで」
「忘れるも何も、エトは何を……」
「はい、この話は終わり! 久しぶりにゆっくりお話でもしよう」
強制的に話題転換をされ、戸惑いながらも彼女のペースにのせられる。
それでも、心のどこかで不安を感じざるを得なかった。
……この時、私はどうすれば、彼女を救えたのだろうか。
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