Two soul

夏伐

リンクする夢

一、夢



 天井からヒモが垂れている。頭の上に真っすぐ降りてくる。

 それを掴んだ。体の重さは感じない。どんどん登っていく。


 急に体が重くなった。


 振り向くと自分が眠りに落ちる瞬間が見えた。布団がわずかに上下しているので、死んだわけではないようだ。

 ふと本屋で立ち読みした幽体離脱の方法を試し続けて早一か月。まさか本当に成功するとは思わなかった。

 正直、最近眠れなかったから眠るまでの暇つぶしって感じだった。

 部屋をウロウロ動いてみる。

 本棚の睡眠に関する本を見ながら、明晰夢の可能性もあるな、と一人で納得する。


 本を見て幽体離脱の方法は見たけど、体に戻る方法を見なかった事を思い出した。これじゃあ悪夢になっても自分の意志で夢から覚めることができないじゃないか!


 そこで目が覚めた。

 まだ夜中だ。二度寝しよう。

 二度寝だとすぐに眠れるのになぁ……。


 次の朝、体がどっと疲れている。睡眠時間はいつもより長かったはずなのに目の下のクマが成長していた。

 おかげで学校の授業中に眠ってしまった。

 また明晰夢だ。

 隣の席の谷口が寝てる俺の体をシャーペンでつついている。こいつ……、と思っていると俺が反応しないのに飽きたのかくすくす笑いながらノートに落書きを始めた。不細工な俺の寝顔だった。

 つくづく腹の立つやつだな。


 休み時間になり近くでボールを投げ合ってたやつらの流れ弾が飛んできてイスから落ちてしまった。

 そのショックで夢から覚めることができた。

 ボールを取りに来たやつに思わず「ありがとう」と言ってしまった。

訳の分からない顔をしていたが、怪我をしていない怒っていない、というのが分かったのか「ごめんな!」と不思議そうな顔をして戻って行った。


 様子を見ていた谷口が「どうしたんだ?」と心配して聞いてくる。


「いや、何でも……」ここでふと「お前さっき俺のことシャーペンで刺してこなかった?」と聞いた。


「お前、起きてたのかよ!」

「まさかノートに落書きなんてしてないよな……?」

「いや、別に……」


 谷口が目を泳がせる。相変わらず分かりやすい。


「書いたんだな!」

「なんで分かるんだよー……」


 シャーペンは感覚で分かってもノートの落書きは普通に考えたら知ることなんて出来ないはず。谷口は情けないような顔をしていた。

 本当に幽体離脱の可能性が高くなってきた。まさかあんなペラペラの本に載っていたことでこんなに悩むことになろうとはな。


「理由は後で話す。お前んちってまだオカルトっぽい本ある?」

「むしろ増えたけど、……まさか姉ちゃんに感化されて何かやったのか……?」

「ここ数年会ってないけど」

「……そ、そうだよな」

 今日の放課後、谷口の家へ遊びに行く予定ができた。塾はさぼろう、塾はさぼっても死なないからな。


 谷口の家に行くと、谷口母が「あらまぁ、大きくなって~」と歓迎してくれた。「お久しぶりです」「最近、塾だ塾だって全然遊んでないもんな~。今日は珍しく休みなんだよな!」「今日は珍しくさぼり」「……」


 谷口の姉ちゃんの部屋に行った。姉ちゃんは高校を卒業後、都市部で就職した。以来ここは物置状態になっている。あの人どうやって社会人やってるんだろう……。部屋はそんな惨状だった。


「姉ちゃんが向こうの家に置ききれない荷物を送ってくるんだよ、毎週。おかげでこの有様」

「これはやばいな」


 二人で茫然とする。部屋には怪しい置物や分厚く読めない文字の書かれた本が大量に置いてある。本棚に入りきらない本は溢れて床に積み上げられている。


「この中から何の本を探せば良いんだ?」

「幽体離脱だ。何冊もあるって姉ちゃんが言ってた」

「え、会ってないのにいつ聞いたの?」

「さっきツ〇ッターのDMで。多分本棚に入っているって」

「……(姉ちゃんツ〇ッターやってたんだ……)」

「よし、探すぞ!」


 本棚もかなりの数があるので探すのは苦労した。ぬいぐるみが動いたり、バランスを崩した本のタワーが倒れてきたり。しかし、何とか数冊の本を見つけることができた。

 驚いたのはぬいぐるみが勝手に動いたとき、谷口は「この部屋ではよくあるんだよー」と言ったことだ。日常の一部にポルターガイストがあるお家の子だったのか……。


「谷口、実は言ってなかったが俺は寝てる間に幽体離脱してるらしい……」

「まぁ、だろうね。言ってたようなもんだよな」

「……。夜寝つけない時に気を紛らわせるためにやってたら、昨日成功したんだ」

「昼間のもそうなのか?」

「ああ。だけど、昼間は幽体離脱をしようとしたわけじゃない」

「幽体離脱は癖になるって姉ちゃん言ってたしなぁ」


 谷口がしみじみと言った。「それじゃあ幽体離脱をしなくなる方法を探せば良いんだな」二人で本の内容を確認した。どれも戻ろうと思えば戻れる。幽体と実体を重ねれば戻れると書いてあった。


「そ、そもそも離脱しない方法を探してるのに……」

「はは……、あんまりひどいなら姉ちゃんに聞いてみれば?」

「姉ちゃんに聞くと治る前に一回状況を悪化させるだろ……超やだ」


 夜。結局解決はしなかったが、戻り方が分かっただけマシとしよう。

 今日はとりあえず眠ろう。考えすぎるからいけないのだ。

 すぐに眠ることは出来たが、また夢を見た。自分の部屋でない所を見ると今度は明晰夢ということかな。

 汚い廃墟のような場所だ。


 本でしか見たことのない拷問用具が置いてあったり血がそこらじゅうに飛び散っている。確実に悪夢だ。

 ここにいちゃいけない気がする。


 窓には鉄格子があり逃げれない。扉には鍵がかかっている。鏡を見つけた。そこには少し年上の青年が金髪の姿で映っている。白人に憧れでもあるのかな。


 幸い扉は木製なので壊せる何かがあれば逃げられそうだ。色んな場所を探した結果、ヒモと鉄の棒を見つけた。が、場所を確認した所で足音が近づいてくる。

 早くどこかに隠れなければ!

 扉の裏に隠れて足音の主が部屋に入った瞬間に外の廊下に逃げ出す。が、廊下にも人がいたようでバチッと音がして意識がなくなった。


 ハッと気づくと先ほどの部屋にあった拷問道具がすぐ近くにある。痛みがない。体がすごく冷たい。どんどん意識が遠くなっていく。周囲は頭から足先まで変な被り物で覆った集団が囲んでいる。

 確か、何かしなきゃいけなかったことがあったはずだ。

 何か。


「――はっ、はっ、はっ」

 荒い息遣いで目が覚めた。

 死ぬ夢は珍しくないが、起きても感覚がリアルに残っている。気分が悪い。どっと疲れている。部屋に何かの気配がある。きっとあの悪夢のせいだ。

 疲れのせいかまたすぐに眠りに落ちてしまった。


 また同じ部屋だ。

 前よりも荒廃している気がする。また明晰夢か、早く覚めろ早く覚めろ!

そう思うが、全然目が覚める気配はない。


 仕方ないバッドエンドを避けるために行動するしかないか。

 床がすごく軋む場所がある。傷んでいるのか。窓には鉄格子があり逃げられない。外の様子から見るにここは一階じゃないので、鉄格子がなくても窓から逃げるのは難しそうだ。数か所隠れる場所を見つけたが大人は入れそうにない。鏡には金髪の女性がいる。


 扉は開かないし、鉄の棒で叩いても壊れそうにない。

 やはり先ほどの夢と同じように、早く逃げなければ、という焦燥感ばかりが募る。

 どこからか悲鳴が聞こえた。

 床が軋んでいる場所はもしかして木が腐っているのかもしれない。

 詳しく調べてみると、床に隠し扉があり階段が続いている。どうやら下の階の部屋とこの部屋をむりやり繋げているらしい。

 上にいるままだと殺されてしまう気がする。下の階から脱出口を探すことにする。明かりのない階段を降りていくが、進むに連れてどんどんと血なまぐさい臭いが強くなる。

 吐きそうな気分だ。

 下の階に着く。


 近くの壁を探してみると電気のスイッチがあった。

 つけてみると、そこは肉の解体場だ。血なまぐさい臭いも納得するが、奥に解体前の肉の山がある。調べると人間の手を見つけた。

 この部屋を調べるといくつかの鍵を見つけた。どれもスペアキーのようだ。下の階は外から鍵がかかっているということもないようで、廊下に出ることができた。

 外を目指すが途中で見つかった。斧を持って追いかけまわされ、途中でスペアキーを落としてしまう。必死に逃げたが殺されてしまった。


「ッ!!?」


 痛い。全身が痛い。

 痛みで目が覚めた。感覚的に血は流れていないようだが、全身にたくさんのミミズ腫れができている。それが無性に痛い。

 部屋に何かがいる気がする。


 全身が痛くて寝なおすことは出来ない。またあんな悪夢を見たくはないので眠りたくない。

 姉ちゃんに解決法を知らないか聞きたい。頼れるのはあの人しかいないし、何とか痛みは引いてきたので、スマホを確認。ツ〇ッターを見てみる。時間は午前03:00、タイミングよく姉ちゃんのアカウントが更新される。

 まだ起きてんのかよ、と思いつつもDMを送る。

 幽体離脱から明晰夢、そしてミミズ腫れの話をした。


「夜遅くにごめん。何とかならないかな?」

「えー。そんな楽しいことになっているなら何故早く言わないのよ」

「昨日の今日だよ。悪化するのが早すぎて引いてるよ」

「うーん。とりあえず明晰夢に出てきた人物を詳しく教えて! なんか引っかかるのよね」

「わかった」


 詳しく服装や容姿を教える。姉ちゃんはオカルト系の知識に関しては本当に頭に図書館があるような感じなので何かヒントをくれるかもしれない。


「ちょっと待ってて。五分くらい」


 五分が長く感じる。

 全然疲れがとれてないようで、全身がだるい。気を抜くと眠りそうになる。


「今候補が二つあるんだけど、どっち。どっちも違うかもしれないけど」


 と、どこかのニュースサイトの記事が二つシェアされた。一つは未解決の連続殺人事件、被害者の顔は特徴には合っているが違う。もう一つは同じ地域で定期的に行方不明者が出るという記事だった。


「行方不明のニュース! この人だよ!」


男の人の写真を見てびっくりした。この人だ! はじめに見た青年だ。


「この行方不明。この人が失踪してから数年後妻も失踪してるの。その写真がこの人」


送られてきた写真はあの女の人だ。


「この地域は変な宗教もどきがあるらしくって、周辺の事件も全部覚えてたのよ」

「(助かったけど、この人大丈夫な人なのかな……)それで、俺はどうしたら良い?」

「知らない」

「……」

「死を繰り返してるってことでしょう?」

「死人は生き返らないよ……どうすれば良いと思う?」

「ググれ」

「……」

 何をどうググれば良いのだ?


 結局その後は眠れず、翌日学校を休んだ。でも、絶対に眠りたくない。何だか部屋が異様に寒い気がする。しかし、昼頃に気絶するように眠ってしまった。


 また明晰夢だ。

 前と比べてまた荒廃している。鉄格子はすごくボロボロだ。

 今度は前回と全然違う。何だか生々しい感じがする。


 体が重い。だけど、自分の体よりは軽い気がする。

 鏡で見ると十歳くらいの女の子が映っている。鏡の後ろに女の人と男の人が映っている。振り向くといない。女の子が「お母さん、お父さん」と呟いた。


「今回は勝手に動けないのか……?」


 それも声を出して言ってしまった。女の子はびっくりした表情になる。

 何だか幽体離脱にしても明晰夢にしても様子が違う気がする。


「誰なの?」

「誰って、これは俺の夢だろ?」

「夢じゃないよ。私の中に誰かいるの?」

「訳が分からないのはお互い様だ。何でも良いからここから出るぞ」


 急いで部屋を調べる。何の役に立つかは分からないが、縄を持っていくことにした。下の部屋へ進むと、やはり血なまぐさい臭いで吐きそうになる。自分に言い聞かせるように「吐いてる暇はないからな」と呟くと「はい」と返されて調子が狂いそうだ。

 暗闇の中、女の人がすっと案内してくれる。


 ここは真夜中のようで、外も暗い。この部屋には確か電気のスイッチがあった気がするが、うす暗闇の中ぼんやりと浮かんだ女性の姿に、女の子が向かって走り出す。


「お母さん……」


 扉を開けて廊下に出る。人の気配がするので、少女に動かず隠れるように伝える。壁になったものは、ぶにぶにと腐敗した『何か』の肉塊のようだ。気分が悪くなる。

 と、そこで俺は前に見た夢の内容を思い出していた。そうだ、女性は死ぬ前にスペアキーを見つけていた。

 人の足音が消えた後、俺と少女は周辺でスペアキーを探した。


 コツコツ……


 青年が床の一か所を叩いていた。目があうと、微笑んで頷いた。

 スペアキーだ。これがどこの鍵だかは分からない。


 「なんでこんなところに……?」と呟く女の子に「それは……、君のお母さんが逃げるときに落としたものだよ」と答えた。


「お兄ちゃん、物知りなんだね!」


 そして、きっとその場にはいないのだろう女性と青年の姿を追いかけながら進むといくつもの扉があった。


 中に人が閉じ込められているらしい。

 ゲームのような夢だ、と俺が思っていると、女の子はカチャカチャと不器用に扉を開けた。


 そして中から飛び出してきた男にスペアキーを奪われた。彼は必死に別の扉を開け続けた。中からは同じように金髪、白い肌の人間たちがやつれた顔で飛び出した。


 数の力で、見回りを倒しつつ外に脱出した、ほっとしたそこで俺の夢は覚めてしまった。


  ★


 姉ちゃんからのDMであの地域にあった自称宗教団体が一斉に検挙されたことを知った。それ以来行方不明者は出ていないそうだ。

 助け出された被害者の中にあの女の子の姿があった。あれは夢であり、夢ではなかったのかもしれない。


 姉ちゃんに「何か知っている?」と聞かれたが後で話すと言ってそのまま眠ってしまった。


 現実では俺は、病院で目を覚ました。原因不明で一向に目を覚まさず体温もとても低くかったそうだ。おかげで少しの間、入院することになった。

 だがあれ以来、幽体離脱も明晰夢もなく平和に眠れている。


 最後の明晰夢は真夜中に、金髪の男女の霊が現れてお辞儀して消えたところだ。

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