あなたは私で私はあなた

サムライ・ビジョン

眠れぬ者ども

なんということだ。

信じてもらえないかもしれないが、今日という1日を振り返ってみても特段カフェインを摂取したわけでもないし、そもそもカフェインには慣れているはずだ。

ではテレビやスマホが原因か…いや、テレビは離れて観ているし、スマホはそれほど使っていない。


ではこの状態はなんだろう?


恐ろしいほどに眠気がやってこない。目を閉じればいいとか、その程度のことではどうしようもない。

「ん…」

僕はベッドの時計を見てみた。3時半…?

ベッドに入ったのが1時ほどだったのに、あれから2時間以上眠れていないのか!?


「…いいこと思いついた」


口ではそう言ったが、これはいわゆる「深夜テンション」というやつだろう。僕のいう「いいこと」とは、端的にいえば深夜徘徊のことだ。明日は土曜日で仕事も休みだし、たまには真夜中を味わってみたいじゃないか。


春と呼んで差し支えのないこの季節だが、夜は少し寒い。何より部屋着を隠したいので、僕はコートを羽織って外に出た。

マンションの廊下は異様なほどに暗くて静かだった。そこから見える街の様子もまた、同じだった。

僕はひとまず最寄りのコンビニに向かった。


コンビニまでの数百メートル。

そこまでの景色はなんともいえず綺麗だった。あの家もこの家も、なんの施設か分からないビルも、服屋も弁当屋も何もかも、灯りひとつ点いていない。

いつもの通り道を、今だけは独り占めしているかのように感じてしまう。


「いらっしゃいませ」

店員の声は心なしか穏やかだった。24時間まんべんなく照らす光は、人ごとではあるが電気代を気にさせる。

僕はとりあえず立ち読みをした。本棚の目の前の駐車場とその向こうの大通りは真っ暗だった。

「勝手に独り占め状態」とはいえ、ずっと立ち読みをしていたのでは肩身が狭い。僕は肉まんとミルクティーを購入してそそくさと店を出た。


先ほど通った道を少し戻り、僕は公園に入った。普段は子どもの声にかき消されているのか、真夜中ばかりは我らの時間だとでもいうように虫の鳴き声が聞こえてくる。


これも「深夜テンション」というやつだろうか。レジ袋代をケチって両手で持っていた肉まんとミルクティーを隣に置いて、僕はブランコをこいでみた。

誕生日が近づき、もうじきハタチとは呼べなくなるが、それでも童心にはかえりたい。


童心にかえり、その後、我にかえった。

僕は普通にベンチに腰かけて肉まんの包み紙を脱がせた。

僕がひと口食べようとした、ちょうどそのタイミングだったと思う。


「隣、いいですか?」


僕は心臓が止まる思いだった。物音も立てず、いつの間にやら隣に立っていたのだ。

「え、あ、はい…」

本当は1人で過ごしたかったのだが、僕のギリギリの親切心と彼女の容姿が隣を許した。

彼女は綺麗だった。


「お兄さんも眠れなかったの?」

彼女はいきなりタメ口で聞いてきた。

「あ、はい。あなたもそうなんですか?」

「うん。普段はそんなことないんだけど、今日だけは妙に眠れなくて…」

「あ、僕もそうなんですよ! いつもならすぐ寝つけるけど、今日はなんとなく…ところで…失礼ですけどおいくつですか?」

僕は失礼を承知で尋ねた。暗がりながら、彼女はかなり若く見えた。

「確かに失礼だね…でもいいよ、答えてあげる。私は18歳よ」

「…やっぱり歳下か…僕は20歳だよ。君はどうして公園に?」


彼女は僕と違ってコンビニ帰りというわけでもなさそうで、手ぶらだった。

「私はただ…本当にただ公園に来ただけだよ。寝られないし、ただ外をうろつきたくて」

僕は彼女の寂しい顔をみた。僕は思い切って訊いてみた。


「なにか悩みがあるの?」


彼女は目を丸くして、そして小さく笑った。

「悩み…悩みかぁ。ううん、別に悩みってほどでもないよ。ただ…来月から大学デビューするんだけどさ、ちゃんとやってけるかなーって思ってるだけ!」

パーカーに手を突っ込み、彼女は夜空を見上げた。彼女に釣られて見上げると、久しく見ていなかった星々がそこにはあった。


「綺麗だな…」

「星が?」

「星が…」


静かだった。大通りから外れた公園には、まばらな車の音はろくに届かない。

「大学…なんとかなるんじゃない?」

「え?」

あまりにも唐突に話しかけたからか、彼女は抜けた声を出した。

「僕は高卒だから分かんないけど、大学ってなんか楽しそうじゃん。僕なんか仕事に追われてて、それが嫌で眠れなくなった…のかもしれないし」

「大変なんだね…ブラックなの?」

「いや、ブラックってわけじゃないんだ。ただ、物覚えとか立ち回りが悪くて損をしてるだけなんだ。情けないよね…」


彼女は笑った。

笑ったけど、優しい声で言った。


「なんかお兄さんらしいね! けどブラックじゃないならよかった…」


歳下の、それも学生に僕は、危うく…

…いや、もう認めるしかないか。

出会ったばかりの彼女が、なんというか…

胸のうちにストンとすべり込むというか。


「…私、そろそろ帰ろうかな。お兄さんも肉まん食べ終わってるし」

彼女は突然立ち上がり、伸びをした。

「確かに明るくなってきたけど…一応夜道だぞ? 1人で帰って大丈夫なのか?」

「大丈夫だよ! …それじゃあね」


彼女はそう言うと、僕の帰り道とはまるっきり反対の方へと歩いていった。

僕はたまらず柄にもなく、そして年甲斐もなく叫んだ。


「また! 会えますか!」


彼女は立ち止まり、満面の笑みで振り返って叫んだ。ロングヘアーが犬の尻尾のように揺れる。




「また! 真夜中にここで会おうよ!」

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