第9話 「娘っていいね」
母が日曜日に倒れて、来るときにトランクいっぱいに詰めてきた母の好きな食べ物とか、入浴剤や、写真、追加で持ってきたお灸など、
母の手に渡らないままになっています。。
もともと水曜日には帰る予定でした。
もう、今日か明日かもしれないとはじめに覚悟を決めましたが、
正直言って母の命がこれからどうなるのかはわかりません。
このまま残るか、いったん帰るか悩んでいました。
病院から、約束通り面会の代わりに今日の病状を弟に電話で伝えてきました。
「どうだった?」
「すごくあっさりと変わりないです、で終わった。」
「そうか」
低空飛行のままだけど、回復の兆しも見えないということ。
「どうなるのかな」
「うーん、ただ87歳の予後不良の高齢者が病院に二つしかないハイパーユニットのベットを一つふさいでいるのはね・・・・。
たぶん、もう少し若い人とか、助かる可能性の高い重症の人が来たら
これ以上の医療はしないと思う」
なんとなく母の窮地を脱したかのような雰囲気になっているけど
安心してはいけないと思いました。
それがすぐなのか、1週間後かはわからない。
結局、いったん初めの予定通りに帰ることにしました。
もしかしてすぐに呼ばれるかもしれないけれど。
半分願掛けです。
近所に住む母の妹、私にとっては叔母が来ました。
「どうなの?」
「予断を許さないって感じ。今は機械に助けられて小康状態なんだけど。」
兄弟の中でも一番仲が良かった叔母は心配していました。
「倒れてるばばを見た時に、なんでメールが既読にならないから、様子見に行ってって弟に言わなかったのかと思って。」
「その後もね、電話したけど出なかったし、留守電にしたのに反応がないのをもっとちゃんと感じ取ればよかった」
「ストーブもついてないあんなに寒い夜をペラペラのパジャマだけで二日間も倒れてたかと思ったら、悲しくて。」
叔母は言いました。
「あんたの母さんは、ちゃんと待っててくれたんじゃない。
あんたが来るの。そう思うよ。」
リビングの壁に私が帰る日と時間のメモが貼っていました。
倒れていた母は、ろれつが回らなかったけど意識はありました。
ずっと強い母でした。
父が亡くなってから気力が落ちて、寂しがっていました。
食欲がない、おいしくない。
だけど一緒にご飯を食べると元気になりました。
強い母と反発する娘、顔を合わせると小競り合い。
年を取って弱みを見せる母とどういうわけだか口げんか。
優しい娘ではなかった私。
「あんたの母さんは言ってたよ。娘っていいねって。」
え・・・・?
そんなこと一回も言われたことないのに。
叔母にも弟にも現状を話すときは
時系列で淡々と病院の様子も説明する私は、
親族というよりも看護師。
自分の母親が倒れて予後不良と言われても涙は流れず。
冷たい自分を感じていました。
小さいころから理屈ばっかりでめんこくないと言われてきました。
娘っていいね?うそ。そんな風に思っていたの?
結局、コロナでこのまま滞在しても面会ができないので
いったんもともとの予定通りに自宅に帰ることにしました。
帰る前にもう一つ課題がありました。
3か月前の父の葬儀が全く納得いかなかった私たち。
父母が会員になっていた葬儀会社をもう利用したくないと
母も、弟も、私も思っていました。
元気だった時の母の意向をかなえることが出来るところを求めて、
打ち合せに出向きました。
そこは義母の葬儀を行ったところでした。
話を聞いて、弟につなぐ。
そう、まだ母は生きているのに葬儀の話をしに行く自分。
色々な感情がごちゃ混ぜになって、遠方にいるといざというとき本当に役に立たないと思うのでした。
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