第8話 限度額適用認定証

母との束の間の面会を果たし、もう今回の帰省の目的は無くなってしまいました。

今日のことを弟に伝えないと。

うちの家族にも。

面会の後、区役所に出向きました。

限度額適用認定証の手続きをするためです。

医療費の高額負担は、後から戻る制度は知っていましたが、

入院手続きをしたときに窓口で限度額適用認定の説明をされました。

「限度額適用認定証」を保険証と併せて医療機関の窓口に提示すると、

1ヵ月 の支払いが自己負担限度額までになるそうです。

区役所で手続きした窓口は、つい3か月前に父が亡くなった時に来たところと同じです。


帰省するときはいつも観光はせず、友達に連絡もせず、

誰にも会わずに帰っていました。

今回も沈んだ気持ちでどこに行くでもなく、

最短距離で帰宅しました。

病院で返された荷物は母のパジャマでした。

はさみが入っていました。救急で入院したので処置が第一です。

事業所ごみを少なくしているのだな。

もし、明日奇跡が起こって母が元気になっても、もうこのマンションで一人暮らしは出来ないでしょう。


そう思って見回すと、なんて物が多いんだろうと改めて感じます。

父が亡くなった後、少しずつ整理していると母は言っていたけど、物に詰まっている思い出が多過ぎて進んでないのは明らかでした。


母は毎日日記を書いていました。

定位置のテーブル左端にいつも置いています。

今年の1月1日から毎日途切れず、体調の覚書という日記が続いています。

金曜日の日記は書き終わっていました。

パジャマだったし、ストーブも電気も切れていたので

倒れたのは金曜日の夜か。

倒れていた台所と寝室にちょっとだけ血がついています。

取り換えたパジャマの上着にもちょっと血がついていました。

おでこに小さな傷がありました。

血が付いた床をふき取った後もありました。

頭をぶつけてちょっと出血した時に台所までたどり着いて床を拭いてる間に

身体に力が入らなくなったのか?

CTでは脳梗塞はないと断言されましたが、

転んだ後に骨折がないのに起き上がれなかったのはなぜだろう。

母が倒れているのを見つけたときに手足に力が入らず、ふにゃふにゃと倒れたのは

低体温による循環不全だとして、低体温に至る前に起き上がれなかったのはどうしてか。

腎不全と劇症肝炎がありました。

昏睡状態が始めにあって起き上がれなかった?

11月の札幌の夜は冷え込みがきつく、

せめて布団の中だったらと思ったり。


父の遺影に向かって、

淋しいかもしれないけど、もう少し待って。

ばあばともっと話したいの、と、心の中で話しかけました。


母は9人兄弟の五女。一番仲良しの妹が近所に住んでいます。

叔母には入院したことだけ伝えました。


一人でいると静かすぎるので、テレビをつけてみましたが、

音が聞こえても内容が入ってきません。

眠くもならず、お腹もすかず、なんだか自分が透明になったみたいです。


自分の落ち着かない気持ちを整理するために、

母の日記の続きを書くことにしました。

倒れていた時、救急搬送、入院、面会。

ちょっとだけ心が落ち着きました。


日記にこんなことが書いています。


日ごろから研修で救急の針を学んで知っていたけど、

(私は鍼灸師の国家資格を持っています)

救急隊を待つ間に十宣も少府も内関も浮かばなかった。

鍼はいつも持ち歩いているけど、やっぱり私は鍼灸師ではなかった。


母のベットシーツやたまっていた洗濯をして、

新聞を止め、病院の予約をキャンセルし、

冷蔵庫の中の野菜や肉など、

夕方に訪れた弟に持ち帰ってもらいます。

同じ市内に弟一家がいてくれて本当にありがたいです。


弟は、

金曜日に遅くなっても顔を見に行けばよかった、

土曜日に娘が修学旅行のお土産を持っていくと言ってたけど、

直前にバイトの連絡があっていけなかった。

もう少し早く見つけていれば、と、

やっぱり後悔しています。


カメラを入れようか、でもWi-Fiがないね、

電気ポットの残量をチェックするのもある、

ペット型で話できるのもあるよね、

嫌がるだろうけど、そろそろ必要だ、

ご飯も作ってるけど、食欲ないと言ってどんどん痩せてるし、

配食サービスで安否確認をしてもらうのが良いかも


姉弟で時々作戦会議をしていました。

導入前に母は倒れました。



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