第7話 延命処置を望まなかった母
口腔ケア用綿棒と防水シーツ、歯磨きを持参した時のみ、
15分の面会が許されるというので、10時に持参しました。
通常の病棟と違って、
ERに付設されている部屋の入り口がわかりません。
看護師詰め所が開かれているわけでもなく、表示が見えない。
しばらくうろうろしました。
多分、このドアかなというところをノックしました。
ドアが開くと向こう側にずらっと並んだベットにモニターをつけた患者さんたちが並んでいます。
みんな救急搬送されてここで経過をみているのでしょう。
落ち着いたら病棟に移動なのでしょうが、まだ経過観察中。
持参した物品を渡すと今日の担当の看護師さんが母の部屋に案内してくれました。
ここに2床しかないハイパーユニット、最重度の人が管理されている部屋です。
レスピレーターにつながれて眠っている母。
昨日は低体温もあって徐脈だったけど、モニターは正常に動いています。
肺炎で機能もダウンしているのでということで呼吸器を付けました。
酸素マスクなら、意識あるし、話せるのにと、どうしても思います。
倒れている時に感じた顔のむくみは取れていました。
顔色も黄疸はないし、通常の色です。
呼吸器の反対側には透析の機械が回っています。
腎不全と説明されていました。
透析で浮腫が取れたのでしょう。
点滴のルートは一本。
おむつの下に敷く防水シートと言われたのでおむつをつけているのでしょうが、
インアウトのチェックをするから多分尿カテも入っているはず。
見えている手に皮下出血斑がたくさん見えます。
打撲もあるだろうし、血小板がめちゃくちゃ低かったから。
ああ、でもここはたぶん点滴が入らなかったのだろう、ショック状態だと血管が出ないし。
部屋に通されて、母と周りを見てそんなことを見て考えていました。
眠っている母の手を握りたいけど
説明の看護師さん、どかっっと立ちふさがって現状の説明をしてくれます。
手洗い消毒しても、このユニットに外から感染症を入れるわけにはいかないから
どうしても制限がかかります。
コロナが落ち着いていた時期だから、入院先が見つからないとか、たらい回しもなく救急を受けてもらえたのです。そこは感謝しながらも。
「母は、ずっと延命処置はしないでほしいと言っていました。
こうしている今の自分の姿は、母が望んだものではないと思います。」
我ながら冷たい娘だけど、そんな言葉が口から出ました。
なんでだろう、涙がわいてこない。
ここに寝ている母の一人娘なのだけど。
娘じゃなく、客観的冷静な看護師目線で、
それほど長い間、ここにいられないことを感じ取り、
今行ってる処置を止めたら、命の灯が消えることも理解しました。
淡々としている私に、
「娘さん、医療関係の方ですか」と、また聞かれました。
うそを言っても仕方ないので、
「助産師です。今は臨床を離れています。」と答えました。
持病もかかりつけ医も特別ない母でしたが、
昨日の説明で、劇症肝炎というキーワードがありました。
遠い記憶のかなたで、20年前に母が劇症肝炎で2カ月入院していたことを思い出しました。
あの時は結局原因不明でウイルスも見つからず、感染でもなかったのです。
カルテの保存期間は5年なので、20年前の記録は病院にも残っていません。
でも母が記録を残していました。
ノートに今までの健診記録、病気のこと、薬や受診記録を全部書いていました。
タイトルに「私の健康記録」と書いています。
20年前の入院や検査データ、書いてありました。
救急車の中で書いた母の記録にコロナの予防接種をいつしたのか書く欄があり、
実家に待機していた弟が記録を見つけてLINEで知らせてくれました。
この母のノートも一緒に持参しました。
15分の面会時間はすぐに終わってしまいました。
ここでの様子を弟に伝え、
面会ができない代わりに一日の様子を電話で伝えることができると言われました。
市内に住んでいる長男にお願いしますと伝えました。
麻酔で眠る母とは話が出来ず、
でも眠っているなら痛いとか苦しいとか感じなくても済むかもしれない。
何がいいのか、よくないのか、段々わからなくなります。
あの時、救急車を呼んだ判断は果たしてよかったのだろうか。
これから脳梗塞のリハビリ生活が長く続く、と判断していた自分の不明を大いに恥じます。何をしていたのだろう私。
病院を出ると、札幌のすっきりした青空が広がっていました。
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