第5話 口腔ケア用綿棒ひと箱
救急で母が入院し、ハイパーユニットのために面会は出来ないと説明され帰ってきました。
脳梗塞ではなく、多臓器不全。肺炎、腎不全、劇症肝炎。
87歳の母に高度医療の処置がなされました。
帰宅してほどなく、大学病院から電話がありました。
「え?」亡くなったという知らせなのかとドキドキしました。
担当の看護師さんからでした。
「口腔ケア用の綿棒と、おむつの下に敷く防水シート、いつも使ってる歯磨きとか明日持ってきてください。持ってきたときに限り15分だけ面会もできます。」
口腔ケア・・・・。
「綿棒は、10本セットでいいですか。シートは何枚必要でしょうか。」
「いえ、10本じゃすぐなくなるので大きいものひと箱お願いします。シートはとりあえずセット物を。」
心の中で、今日明日どうにかなってしまうのじゃないかと思っていた私は、
口腔ケアひと箱?そんなに状態が落ち着いたの?
透析の間に腎機能が回復しておしっこが出て来たのか?
劇症肝炎や肺炎はそんなに回復早くはないんじゃないか。
いや、そんなことは今はいいや。
「何時に来られますか。10時から15時の間です。」
「10時に行きます。」
もう会えないと覚悟していた母に会えるのなら、早い方がいい。
電話の後、近所のドラッグストアの介護用品コーナーで
口腔ケアのスポンジ棒の箱と防水シートセット、母がいつも使っていたお気に入りの歯磨きの新しいものと、歯ブラシを買いました。
これを使う日がもしも来たら、こんなに嬉しいことはない。
半分願いを込めて、いちばん大きなセットにしました。
改めてマンションを見ました。
なぜ倒れていたのか、
どうして起き上がれなかったのか、
多分頭を打って少し出血したのでしょう。
転倒したのか、打撲か。
そこを片付けようとした痕跡もある。
母の寝室のベットの頭のあたりのシーツが水をこぼした跡があって濡れていました。
薬もこぼれています。眠剤は錠剤だから、これは胃腸薬?
母が毎日つけていた日記は金曜日まで書いてありました。
私が母が倒れているのを発見したのは日曜日。
実家についた時に新聞受けには二日分の新聞が挟まっていました。
パジャマ姿で倒れていたので、寝る準備をしていたか、
既に寝ていて夜間に起きたのか。
マイナス3度になった日。
部屋の電気はついていませんでした。
ストーブも消えていました。
そこで何があったのか。
土曜日の午前中に母に電話をしたけれど出なくて、
留守電にメッセージを入れました。
帰省した時に留守電に私の声が入っていました。
日曜日に行くからとメールも何度か出しましたが、
ちっとも既読にならないのでどうしたのかと思っていました。
この時に近所に住む弟に様子を見てと言っていれば
もう少し状態は良かったかもしれない。
何故その一言を言わなかったのだろう。
頭の中でぐるぐるぐるぐる
同じことを永遠に繰り返し、ちっとも眠れないうちに朝になりました。
担当の看護師さんは口腔ケアの綿棒を箱でと言ったので、願いを込めて60本入りを。昭和一桁の高齢者は意外の内臓が丈夫で驚異の回復をするかもしれないし。
いいことだけ考えよう。
大学病院へ向かう日はいい天気でした。
晴れてるよ、ばあば。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます