真夜中の大合唱に思う

出っぱなし

真夜中の大合唱

 拙作、短編ワインエッセイ『神の血に溺れる~Wild Life』では、オーストラリアのワイナリーで過ごした日々を書いた。

 その時にすでに触れてはいるが、もう少し掘り下げよう。


 そこでは、真夜中でも賑やかだった。


 当然、田舎で周囲にはブドウ畑や牧草地が広がっているだけだ。

 人々の喧騒によるものではない。

 その喧騒の主は、羊たちだ。


 羊という生き物は群れとなって、ひと塊で過ごす。

 外敵から身を守るための習性で、群れから離れるとストレスを感じてしまうらしい。

 しかもパニックになりやすく、もし群れの中の1頭がパニックになると他の羊もパニックになってしまうほど臆病な生物だ。


 そんな生き物に囲まれているのだから、真夜中では突然大合唱が起こる。


 床につき、まどろんでいると


「メェー!」


 と、鳴き出し、他の羊もつられるように鳴く。


 しばらくしてまどろみ出すと、またもや


「メェ~!」


 と鳴く。


 よく聞いていると羊の鳴き声にも個性があることに気づく。

 野太い声で鳴くこともあれば、甲高い声で鳴く時もある。


 真夜中に羊の鳴き声を聞いて、羊が一匹、羊が二匹、と眠れない夜に数えることは、おそらく古い時代のヨーロッパの田舎ではよくあることだったからではないだろうか?


 と、思いながら羊たちの大合唱を聞いていると


「ボゲェエエエ!」

 

 と突然、酔っぱらいが混ざっているような声で鳴く羊もおり、これがツボに入って眠れなくなったりしたものだった。


 そんな羊たちだが、ブドウ畑の役に立っている。


 羊はとにかく草を大量に食べる。

 その食欲により、草刈り機の役目を果たす。

 その糞尿は肥料となり、土に帰る。


 と有機農業栽培者は語るが、その科学的根拠については僕はまだ勉強不足で調べきれていない。


 そして、もうひとつ、ラム肉として食卓にも並ぶ。


「羊は〆るのが楽でいいぜ! あいつらバカだからな、HAHAHA!」


 オーストラリアの地元肉屋は、ニヤつきながら語っていた。

 その笑い顔が『羊たちの沈黙』を思い出させた。


 もしも、この男が肉屋にならなかったら……


 と真夜中に想像し、少しゾッとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真夜中の大合唱に思う 出っぱなし @msato33

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ