10 これはある種の修羅場的な?

「なぁ、今週の金曜日、久しぶりに飲みにいかねぇ?」

「おー、いいな、行こう行こう」

「いつもの居酒屋にする? それとも駅前まで出る?」

「人数次第じゃねぇ? 木内きうち、おまえどうする?」


 友人らに声をかけられて少し考えた。金曜は午前中で講義が終わる。その話を幸佑にしたら昼飯をこっちで食べたいと言い出し、押し切られるように約束させられてしまった。

 どうやら幸佑はオレの大学生活キャンパスライフに興味津々らしく、オレが食べに行く店に行ってみたいらしい。大学の近くに安くてうまい中華屋があるが、そこのラーメンが好きだという話をしたら「俺も食べてみたい」と言い出した。どうやら“学生街の中華屋”というのにも興味があるっぽい。


(小さな個人経営の古い中華屋なんだけどな)


 あいつがそういう店で食べる姿は想像できないが、断る理由もない。そんなわけで金曜は店の前で待ち合わせをして飯を食うことになった。


(店の前も目立つだろうけど大学まで来られるよりはずっとマシだ)


 幸佑は立っているだけで目立つ。門の近くにいれば男女問わず注目されるだろう。そんな幸佑に近づきたいとは思わない。


(そんなことすれば次の日から地獄が待ってる)


 あのイケメンは誰だと詰め寄られ、連絡先を教えてほしいと攻め立てられるのがオチだ。高校一年のとき、たまたま学校帰りに中学生だった幸佑と会って立ち話をしただけでそうなったのを思い出し「絶対に大学には来るな」と何度も釘を刺した。


(オレは卒業するまで平穏な学生生活を送りたいんだよ)


 金曜はそのまま一緒に部屋に行き、掃除をしてから夕飯を作る予定だ。


「あー、悪い。用事あるから、また今度な」


 声をかけてきた連中にそう答えれば、「やっぱりなー」なんて言葉が聞こえてくる。


「やっぱりってなんだよ」

「だっておまえ、夏休み終わってから付き合い悪いじゃん」

「そうだっけか?」

「そうそう。飲みに誘っても毎回断られるしな」

「もしかして彼女でもできたとか?」

「あ、俺もそれ思った」

「木内にもついに春が来たのかー!」

「いや、彼女とかいねぇし」


 彼氏の立候補ならいるけどな……なんて、ちょっと遠い目になる。


「なーんだ、やっぱり彼女説はなしかー」

「やっぱりってなんだよ」

「だっておまえ、女の子の中に入ったら埋もれるからさぁ」

「そうそう。女子の隣にいても同性の友達みたいに見えんじゃん? ちっこいし」

「おいこら、言うに事欠いてなんだと?」

「まぁまぁ怒るなって」

「やかましいわ。つーか、頭撫でてんじゃねぇ」


 悪気はないんだろうが、みんな好き勝手に言い過ぎだ。


(そういや最近、こいつらと飲みに行ってねぇな)


 夏休みは元々バイト三昧の予定だったから約束はしなかった。休みが明けても結局幸佑の部屋に通っているから誘われても毎回断っている。「次は行くかな」と思ったものの、幸佑に何て説明しようか考えるだけで頭が痛い。


「つーか、いつまで頭撫でてんだよ、高橋」


 延々と頭を撫で続ける手をペシッとはたき落とす。


「あー、悪い悪い。ちょうどいい高さだからさ」

「言外に小せぇって言ってんじゃねぇぞ」

「あはは、かわいいかわいい」

「そうそう、木内くんはいつもかわいいですよ~」

「ちっこくてかわいいですね~」

「おまえら、ぶっ飛ばされてぇのか?」

「やだぁ、木内くんたらこーわーいー」

「気色悪い声出してんじゃねぇよ。高橋も撫で回すな! 髪が乱れるだろ!」


 こいつらは一年浪人したオレと違い現役で合格している。つまり年齢的にいえば一つ下で幸佑と同い年だ。別に年上を敬えとは思わないが、どうもオレをおもちゃにしている気がしてならない。


「はいはい、かわいい」

「高橋、いい加減にしないとマジで怒るぞ」


 メガネを直しながらジロッと睨むと「ごめんごめん」と言いながら高橋が笑った。そうしてお詫びのつもりなのかオレの前髪を手櫛で整え始める。ところがすぐに指を止めてじっとオレを見た。


「なんだよ」


 あまりにじっと見るから声をかけると「あのさ」と言いながら前髪をスルッと指先で撫でる。


「髪の毛、なんかサラサラしてんだけど」

「は?」

「トリートメント、変えた?」

「はぁ?」

「前より明らかに髪質が変わってるから」


 高橋の言葉に「なに言ってんだこいつ」と呆れてしまった。


「髪なんて気にしたことねぇよ」


 返事をしながら「幸佑んとこのシャンプーか」と思い当たった。幸佑の部屋に泊まるとき、幸佑が使っているシャンプーだとかボディソープだとかを使う。週一しか泊まらないものの、きっとお高いものだから効果抜群なんだろう。


(たしかに自分でも髪サラサラだなとは思ってたけど)


 ということは、一緒に住み始めたらもっとサラサラになるということだ。


(って、なに考えてんだよオレは)


 同居する予定はないのに、どうしてそんなことを思ってしまったんだろう。これも幸佑がうるさいほど「一緒に住もう」なんて言うせいだ。しかも高橋にまで髪が違うなんて気づかれてしまった。


(つーか、そう思うくらい頭撫でてるってことじゃねぇか)


 思い出せば夏休み明けからやたら撫でられているような気がする。そのたびに「かわいい」と言われていることまで思い出し、イラッとした。


「撫でんなって言ってんだろ」


 いつまでも髪をいじる手を押しのけるオレに、高橋は「感触がよくて」なんて言いながら笑った。それにもイラッとし、もうひと睨みしてやる。

 こうして相変わらずの月曜日を過ごし、あっという間に金曜日になった。幸佑に最後に会ったのは日曜日で、今週は課題があったから平日は部屋に行っていない。そういうこともあってか、昨夜は幸佑のほうから先にメッセージが届いた。「明日のデート、楽しみだね」なんて文面に眉間に皺が寄る。


(デートなわけねぇだろ)


 そう思いながら「デート」という単語に妙に気持ちがそわそわしてしまう。そうなる自分が変で、結局午前中も昼飯のことが気になって仕方がなかった。


(なに気にしてんだよ)


 自分で突っ込みを入れながら教養棟を少し足早に出る。門に向かいながら「まさか来てないよな」と少しだけ心配していた。念のため離れたところで様子を見たものの人垣はできていない。そのことにホッとし、スマホを見てから「十分間に合うな」と門の外に出る。

 目的の中華屋は大通りの交差点を渡り、地下鉄に向かう道の途中で路地に入った先にある。大学からは徒歩七分といったところだからか、学生たちがよく食べに行く人気の店だ。ほかにも近くで働くサラリーマンたちも見かける。安くて旨い店だが、いかにも下町の中華屋といった感じの店内に幸佑がいるのを想像すると違和感が半端ない。


(デートとか言って、キラッキラで来たりしねぇよな)


 ただでさえ目立つのに、そんな幸佑の隣を歩くのは嫌だ。


(そんなんじゃ、ますますオレが平凡なのも目立つ)


 そこまで考えてハッとした。これまで幸佑の隣にいる自分を気にしたことなんてなかった。幸佑がお洒落なのは昔からで、いまさら比べられたところでどうってことはない。それなのに「どうしてあんなメガネ男が一緒にいるんだ?」と思われるのが嫌だなと思ってしまった。


(マジでなに考えてんだよオレ)


 周りがどう思おうとオレと幸佑は幼馴染みだ。見た目で幼馴染みを決めるわけじゃない。それなのに以前遭遇した元セフレの「超普通じゃん」という言葉が蘇ってモヤッとしてしまう。


(気にすんな)


 嫌な気分を振り払うように頭を振り、交差点を渡った。そうして歩き慣れた道を若干早足で進み路地に向かう。


「あれ? 木内もラーメン食べて帰んの?」


 角を曲がったところで後ろから声をかけられた。振り返ると高橋が軽く手を上げながら近づいて来る。


「今日は用事があるって言ってなかったっけ?」

「あー、まぁそうなんだけど」

「なんだよ、昼飯食うんなら一緒に行こうぜ」

「ごめん高橋、オレ人と待ち合わせし……」


 言い終わる前に肩を組まれた。「おい」と睨むと「まぁまぁ」と笑いかけられる。


「しっかし、最近ほんと付き合い悪いよなぁ。そうだ、今年のイブみんなで飲み会やるんだけど、それには来るよな?」


 イブと言われて幸佑の顔が浮かんだ。「絶対にコウちゃんとクリスマスパーティするから」と言いながらネットで何かを見ていた後ろ姿を思い出す。


(あんなに嬉しそうな幸佑、久しぶりに見たな)


 それこそ小さい頃は二人してサンタが来るのをワクワクしながら待っていた。小学生のときはオレの家でチキンとケーキを食べるのが毎年の恒例で、眠い目を何度もこすりながら窓の外を二人で眺めた。そんな幸佑も中学生になってからはクリスマスに来ることもなくなり、嬉しそうな顔を見ることもなくなった。


「あー、悪い。クリスマスはもう予定入ってるから」

「マジかよ。ってかさ、やっぱり彼女できたんだろ。別に隠さなくてもいいじゃん」

「いや、彼女なんていねぇし」

「それにしては用事あるの、決まって週末だよな? それにクリスマスも埋まってるって聞いたら、ますます彼女だって思うだろ?」


 残念ながらクリスマスを一緒に過ごすのは幼馴染みの男だ。そう言えばいいのに、なぜか言い出せなかった。言えば勘違いされるのではと思ってしまい、そう思う自分に少しだけ嫌になる。


(別に幼馴染みと過ごすんだから隠す必要なんてねぇのに)


 それなのに言えないのはどうしてだろう。


「悪ぃな。そのうち飲みに行こうとは思ってるから」


 結局、そう答えることしかできなかった。そんなオレを高橋がじっと見ている。


「なんだよ」

「いや、木内ってちょっと雰囲気変わった?」

「なんだそれ」

「なんていうか、本格的にかわいくなった気がする」

「おい、ケンカ売ってんのか」


 睨むと「その顔もかわいいんだよなぁ」なんてふざける。


「なに気色悪いこと言って……って、だから頭撫でるなって言ってんだろ!」


 頭を撫で始めた手を止めようと掴むと、「それに髪もサラッサラだし」と言いながらさらに撫で回そうとする。


「だからやめろって!」


 手を押しやりながら離れようとするのに、肩を抱いている手が思ったより強くて離れることができない。


「あはは、木内ってほんと小さいよなぁ。華奢っていうの? なんていうか収まりがいいって感じ?」

「マジでやめろって! 髪が乱れるだろ!」

「頭の位置もちょうどいいし、触り心地も最高」

「撫でるなっ、触るなっ、離れろ!」

「あっはは、やっぱり木内はかわいいなぁ」

「やかましいわ!」


 笑いながら撫で回す高橋に「いつか絶対ぶっ飛ばす!」と決意したところで「コウちゃん?」という声が聞こえてきた。

 振り返ると幸佑が立っている。黒のロングコートにブーツ、金髪に近い髪はゆるく結んでいて、まるで雑誌か何かから出てきたようなイケメン振りだ。


(これだからイケメンは……!)


 いまから食べに行くのは古くて小さな中華屋だ。それなのに幸佑は小洒落たカフェにでも行くような格好をしている。予想が当たり頭を抱えたくなっているオレを見る幸佑の表情は少し固い。「なんだ?」と見ていると、「コウちゃん、そいつ誰?」と低い声で問いかけられた。


「ええと、大学の友達、だけど」


 オレでも滅多に聞かない声色に少しどもってしまった。


「あの、こいつもラーメン食べに行くっつーから……手ぇ離せって」


 肩を抱いていた手を払いのけ、メガネの位置を直して髪の毛を整える。そんなオレを見ながら近づいてきた幸佑は、今度は隣に立つ高橋を見た。


「へぇ、友達ね」


 視線も声もすこぶる冷たい。高橋を見ると、こちらも見たことがない表情で幸佑を見ていた。


「ふぅん」

「高橋?」

「なるほど、たしかに彼女じゃないな」

「え?」

「ま、まだ彼氏でもなさそうだけど」

「は?」


 何を言われたのかわからず高橋を見つめていると、グイッと腕を引っ張られた。


「おいっ」


 引っ張ったのは幸佑だ。慌てて小声で注意するが、幸佑の目は高橋に向いたままでオレを見ようとしない。


「木内がつき合い悪くなったのって、こいつのせいだろ」

「は?」


 高橋が若干呆れたような目でオレを見ている。


「独占欲剥き出しって感じだな。ま、だから彼氏になれないんだろうけど」

「うるさいな」


 高橋に答えたのは幸佑だった。


「お、当たったか」

「うるさいって言ってるだろ。それに恋人になる未来は確定してるんだからいいんだよ」

「幸佑っ、なに言って、」


 慌てて止めようとするオレの声に被さるように高橋が小さく笑った。


「木内のほうはそう思ってないみたいだけど?」


 幸佑が口を閉じる。同時に表情がスッと消えた。


「大方、言い寄って玉砕でもしたんだろ」

「……」

「それでも諦められなくてつきまとってるってところか」

「……」

「そんなんじゃ、決定的に嫌われるぞ」

「コウちゃんは嫌ったりしないよ。だって俺のこと一番よく知ってるのはコウちゃんだからね」

「おい、幸佑やめろって」

「コウちゃん?」

「オレとこいつは幼馴染みなんだよ。幸佑、余計なこと言うなって」


 不穏な雰囲気に慌てて間に入ると、高橋が「幼馴染みねぇ」と胡散臭そうに幸佑を見る。幸佑のほうはといえば相変わらず無表情で高橋を見ていた。


「物心つく頃からの幼馴染みで、もうすぐ恋人だから」

「だから余計なこと言うなって! あと手ぇ離せ」

「嫌だ」

「幸佑っ」

「コウちゃんは俺のものだから絶対に離さない」

「なに言ってんだよっ」

「絶対に離さないから」

「幸佑っ」


 小声で怒るオレに返事をしながらも、幸佑の目は睨むように高橋を見たままだ。


「木内、おまえなんでこんなやつに引っかかるかな」


 高橋が少し呆れたような目でオレを見た。


「失礼なやつだな」

「真実だろ。思い込みと独占欲が激しい男なんて最悪だぞ」

「そんなことないよ。それに俺、コウちゃんには優しいからね。それにコウちゃんだって毎週末泊まりに来てくれてる」

「来させるようにしてるんだろ」

「うるさいな」

「そのうち言うこと聞かないからって監禁とかしそうだよな」


 幸佑が黙った。それを見た高橋が「マジか」と呆れたように幸佑を見る。


「木内、そいつやめといたほうがいいぞ」

「コウちゃんに余計なこと言うな」

「でもって、どうせ選ぶなら俺にしとけよ」


 オレをじっと見ながら「俺ならそんなひどいことしない」と続ける高橋にポカンとした。何を言っているのかわからなくて「は?」と口にすると高橋が苦笑する。


「人の告白にその反応はないだろ。ま、それも木内らしいけど」

「……告白、」

「木内が男もいけるって知ってたら去年のうちに手ぇ出してたのになぁ」


 言われて戸惑った。高橋とは一年のときからの友人で、年は一つ下だが変な遠慮がなくてすぐに仲良くなった。一人暮らしをしている部屋にも何度か泊まらせてもらったことがある。でも、それだけだ。いまのセリフから想像するようなことを言われたことはないし、されたこともない。

 ただ、幸佑はそう思わなかったらしい。俺の腕を掴む手にグッと力が入ったのがわかった。


「コウちゃん、帰ろう」

「帰ろうって、ラーメンは、」

「今度でいい。今日は駄目」

「駄目って、」

「帰るよ」

「おい、待てって、」

「我が儘がすぎると嫌われるぞ」


 そんなことを言う高橋を睨みつけた幸佑は、俺の手を引っ張りながら大通りへと足を向けた。引きずられながらも振り返ると、右手を軽く上げた高橋が「また来週な」と笑っている。


「高橋おまえ……って、幸佑、手ぇ離せってっ」


 高橋の誤解を解かなくては。それにさっきの言葉の真意も確かめたかった。それなのに幸佑はオレを引きずるように歩き、止めたタクシーに無理やり押し込みやがった。


「幸佑っ」


 小声で文句を言おうとして言葉が止まった。無表情なままの幸佑の顔に言葉が続かない。そんなオレを見ることなく行き先を告げるた幸佑は、さっきまでとは打って変わって押し黙った。


(何なんだよ)


 戸惑いやら疑問やら、いろんな感情がグルグル体の中を回っている。そんなオレたちを乗せたタクシーは繁華街の近くを通り、すっかり見慣れたデザイナーズマンションへと滑るように走った。

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【改稿版】どうしようもない幼馴染みが恋人に!? 朏猫(ミカヅキネコ) @mikazuki_NECO

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